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殊勝なことを言ってはいるが

「……何でお前が家にいるんだよ」
「マネージャーですから」

エプロン姿で菜箸を扱う仏頂面の男は、当たり前のようにそう答えた。
俺は絶望した。

年末年始は受験生の俺だけ残して父母姉貴で旅行に行く……そう聞いていた。
だから、予備校の仲間との年越しパーティーの後、俺は心なしかわくわくした気分で家に帰ったのだった。
それがどういうことだ。
がらんどうであるはずの家では、幼なじみがおせちを作り溜めながら俺を待っていた。

「答えになってねえよ。たかが陸部のマネージャーが、なんで人ん家まで来てお節作ってんだよ」
「OBの進学実績向上も、部の将来のためには必要不可欠だからな」
「進学実績向上?それがこれと何の関係があるんだよ」
「急激な外気温の変化から、ただでさえこの時期に体調を崩す受験生は多い。最悪の事態を避けることができるか否かは、この時期の生活管理にかかっている。マネージャーとして、できることがあるならやっておきたかった」
「…………つまり、お前は俺が慣れない一人暮らしで風邪とか引かないように家に来てくれたわけ?」
「簡単に言うと、そう」
「なんで俺だけ?幼なじみだから?家が近いから?」
「うちの部で一番成績が芳しくないから」
「……うるせえ、そんなはっきり言うなよ。とにかく飯ぐらい自分で何とかするからお前はもう帰れって」
「いいのか?おばさん、旅行の間の生活費俺に預けていったけど」
「ちっ」
「お前が心配なんだよ。それよりうまいぞ、黒豆」

ひょい、と口に入れられた黒豆は確かに美味かった。
美味かったというか、正直こいつが女なら今すぐにでも嫁に貰いたいような出来だったが、俺は努めてそれを顔に出さないようにした。
騙されてはだめだ。
何やら殊勝なことを言ってはいるが、俺にはもうこいつの目的は分かりきっているのだった。

「……姉貴のどこがそんなに良いわけ?」

藪から棒にそう聞くと、奴は目を丸くしてこちらを振り向いた。

「お前の……姉貴がどうしたって?」
「好きなんだろ。知らないとでも思ったのかよ。
昔っからお前、理由をつけてはよく俺ん家に来たがったよな。分かってたよ、姉貴に会うためだったんだろ?」
「え?……え?」

いつも変わらなかった仏頂面が、焦りからか見たこともないほど崩れていた。
やっぱり図星だったか。

「どんなアホでも流石に気づくわ。小学校の頃俺と同じ塾に入ってきたのも、中学で同じ書道部に入りたがったのも、
……高校になって、運動嫌いなお前がわざわざマネージャー枠使ってまで陸上部に入り込んできたのも……
……つまりは全部、姉貴との接点をなくしたくなかったからなんだろ」
「……それは、どういう」
「それから、こうやって俺の世話ばっかり焼くのもだ!
こないだ姉貴がお前を誉めてたの聞いて全部合点がいったよ。
お前、こうやって少しずつ姉貴と家族にアピールして……最後にはうちの子になるつもりなんだろ!」
「…………」

今や奴はすっかり言葉を失い、複雑な顔で鍋をかき混ぜていた。
それ見たことか。確かに、陸上部のマネージャーとしてのこいつは信じられないほどに献身的ではあったが、
それならば尚更、何の野心も下心もなくそこまでできるはずがなかったのだ。

「……そりゃ、全く下心がないかって言うと嘘になるけどな」

しばらくして、奴がぽつりと呟いた。
俺は自分の読みが正しかったことですっかり気をよくして、奴の背中を豪快に叩いた。

「心配すんなって、もちろん姉貴には黙っといてやるからさ。あれだよ、男同士の秘密ってやつ?」
「ああ、絶対に言わないでくれ。口が裂けてもだ」
「でもまぁ、そういう下心抜きにしてもさ、お前はいいマネだったと思うわ。現役ん時は、ほんとにありがとな。」
「……え」
「今年も何だかんだで世話かけるような気がするけど、とりあえずよろしく。お前とつるむの、これでも結構好きだしな」
「……」


それから奴は俄かに忙しく動き始めたかと思うと、「料理の邪魔だから」と俺をキッチンから追い出した。
なんだよ、そんなに悔しかったのかよ。
俺は少し不服に思いながらも、やがてキッチンから漂ってきた煮物の旨そうな匂いに期待を膨らませたのだった。