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年越した瞬間に殴られた

燗はぬるい。
徳利は品の良い小さなもので、間をもたせるには足りない。
差し向かいの義兄にはこの徳利で足りるのだろう。音量をしぼった紅白に見入るでもなく、ただこたつに座っている男は、俺が考えていることなど知るはずもない。
よくおめおめとこの日を迎えられたものだ,俺も。
質の悪い借金をしては全部呑み捨てるような生活。
そのままほって置いてくれれば、今頃は義兄にとっても良いようになってたはずだった。
入り婿が、邪魔な義弟をわざわざ探し出して身ぎれいにさせて連れ帰った、とは大した美談だ。
酒を遠ざけ、目の届く配達仕事なんかさせて、姉に義理立てたのか。
もはや親父も母さんもなく、また姉も去年死んだとなれば、黙って家を独り占めできただろうに。
仕事を覚えなかった俺の代わりに親父の跡を継いだのだから、誰はばかることもないのだ。
「雪だよ、積もるだろう……」
半年ぶりの酒を飲ましてやろう、そう誘ったのは義兄だった。
おせちの切れ端をもらってきたものの、広い家には男二人、にぎやかに過ごせるはずもない。
「年賀状が遅れるかもしれないね、ここは山の上だから」
よれたどてらに度の強い眼鏡をかけたこの貧相な男と、こうしてふたりきりになるのがずっと怖かった。
「除夜の鐘か……年が明ける」
今さら俺なんか呼び戻してどうするつもりだろう。世間体なんか気にするような人じゃなかったのに。
「……これで、泰子の喪が明ける。喪が明けたらね、俺はね」
向き合うのがつらいなんて、この人には思いもつかないんだろう。
一緒になんていられない、だって俺は。
『あけましておめでとうございます、新しい年の……』
義兄は、つけっぱなしのテレビに「ああ、明けたね」と、スイッチを切った。
「宗一」
呼ばれて上げた頬を、義兄の手が打つ。
「何す……!」
呆気にとられた俺に、義兄は静かに
「もう終わりにしようじゃないか
 泰子の喪中は良い兄でいようと思っていたんだよ、それはもうやめる」
と言い放った。
義兄の顔は強張り、知る限り慣れているはずもないことをした手は、行きどころに迷ったままだ。
ああ、と納得しかけた。俺は放り出されるんだな。
と、義兄は慌てていつもの顔に戻って
「違う、違うそうじゃない」と座り直し、長い間のあとようやく振り絞るように言った。
「……おまえのことがもう見ていられなくてなあ……お前の人生を変えてしまったのは、俺なんだろう?」
猪口をまさぐると一息で干して
「俺がこのうちに来た7年前に戻れるわけじゃないけど、逃げ回るのは終わりにしよう、
 喪が明けたら覚悟をしよう、そう思っていた」
置いた猪口がカタカタと派手な音をたてた。
――では何だったというのだ、俺のこれまでは?
世界が一回転する。
まるで全て知っているような言い草をするじゃないか?
……知られていたのか。
胸にあふれたのは絶望。
それでも、俺は最後の抵抗をせずにはいられない。
「敏さんはわかってないんだ、俺はここにいちゃ駄目になるし、あんただって……!」
カタカタ、カタカタとまた猪口が音をたて、俺をとどめた。
見れば指の節が白くなるほど猪口を握りしめ、去年まではただの義兄だった男が、俺を見つめている。
「いいよ」
と言った。
「覚悟したって言っただろう?……だからお前も覚悟しろって言ってるんだ」
打たれた左頬が途端にジンジンと、熱いように、冷たいように、脈打ち出した。
俺は浮かされるように男の手を握った。