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押し入れの匂いのするおじさん受け

孝叔父さんは、一緒に暮らしていた叔父のお母さん、つまり僕の祖母が亡くなってから、
すっかり駄目人間だった。
「聡史、また孝に持って行ってくれる?」
僕の母は、実の弟である叔父さんをひどく心配して、3日に一度の割合で
おかずやら何やらを僕に持たせるのだ。
幸いというか何というか、僕の学校は家から1時間もかかるが、叔父さんの家に近い。
つまり僕は、3日に一度の割合で叔父さんを訪ね続けて、もうすぐ1年になろうとしている。
「――聡史君、いつもすまないね。姉ちゃんにもよろしく言っておいて」
叔父さんは、相変わらずちゃんと食べてるんだかわからない様相で、でも笑顔で、僕を招き入れる。
これでも随分よくなったとは思う。祖母が亡くなった直後は憔悴して、ボンヤリして、まるで頼りなかった。
長男ということで喪主を務めたが、ほとんどひと言も話さない喪主だった。
うちの父が代理のようにあれこれと動き回っていた。
(嫁さんでももらっていればなあ……)(お母さんも心配なことだろう……)
そんなささやきが親戚連中から上がるのは当然だった。これで大学講師が聞いてあきれる。
……でも、叔父の喪服姿はちょっと印象的だった。
いつもボサボサ一歩手前の長めの髪をちゃんと流して……なんというか、格好良かった。
いや、違うな。
綺麗だった、というのは変だろうか。

「姉さんと義兄さんにはすっかりお世話になりっぱなしだ、今度の一周忌もほとんど手配してくれたよ」
持ってきたおかずで一緒に晩飯を食べながら、孝叔父さんが言う。
「僕は昔から親戚づきあいとか苦手なんだ。母さん……聡史君のお祖母ちゃんにまかせっきりだった」
「それって跡取り息子としては駄目なんじゃない?」
約1年間聞き慣れたような弱音を、これもいつものような文句で返してあげる。
「みんな心配してるんだってよ? 母さんが言ってた。お嫁さんもらわなきゃ、だって」
叔父は苦笑する。これも繰り返されたいつもの会話だ。
「お祖母ちゃんが死んでまだ1年だよ? そんな気にはなれないな」
叔父はいわゆるマザコンというやつだったのだろうか、と時折思う。
黙っていればそこそこ格好いいし、並収入高身長なんとやら、という
お手頃物件のはずなのに、浮いた話がない。
「……どうしたの。僕なんか変? そんなに見つめられると照れるな」
気がつくと叔父の顔を凝視していたようで、慌てた。
「そ、そういや母さんにさ、孝叔父さんの喪服を見てこいって言われてたんだ、
 ちゃんと一周忌に着られるよう準備しておけ、って」

その押し入れはナフタリンとカビ臭かった。
喪服は、祖母の布団やら洋服やらがきっちり納められた横に、紙袋入りで放置されていた。
「初盆は……着てたよね?」
「一応たたんだつもりだけど。駄目だったかな」
「駄目でしょう!? お盆暑かったのに!」
「着てみようか」
止めるまもなく上着を羽織る、と「あー駄目だね」
所々にうっすらと白いカビが生えていた。そもそもの押し入れの臭いの元凶っぽい。
「クリーニングで落ちるかな……」
「叔父さんー、もう、早く脱いだ方が良いよ、ほら」
きったねー、とか言ってるあいだにおかしくなって、僕は笑いながら叔父の上着を脱がせにかかった。
「危なかった、姉ちゃんが言ってくれなかったらこれで一周忌出るところだった」
「ちょー、駄目だよ、勘弁して」
手に当たる肩が骨っぽい。叔父の背は、こんなに薄かったか。
葬式の姿がよみがえる。あの端正な姿。
ふと、息詰まる感覚に襲われた。
「叔父さん……早く、結婚した方がいいよ。しっかりしなきゃ」
無理矢理上着を剥がした。……その裾を、叔父の細い手がつかむ。
「僕は結婚したくないんだ。もうきっと、しっかりなんてできない。仕方を忘れたよ。
 ……聡史君が、ずっと面倒見てくれるといいのにな」
俯いたまま呟いた叔父は、およそ色っぽくない押し入れの臭い。