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割れた眼鏡

「30人は入っているこの教室で、こんなに静かなのはごく稀なことだった。
俺が唾を飲み込む音さえも、皆に聞こえそうなほどだ。
皆の注目は俺と、俺に押し倒されている田村に一様に注がれていた。
田村は顔を伏せたまま割れた眼鏡をかけ、顔を上げる。
「・・・授業、再開する。・・・どいてくんない?」
囁くような声で、覆いかぶさった俺の肩を手のひらで押し返す。
倒れた机や椅子を淡々と直し、スーツのポケットからチョーク入れを取り出す。
「待ってよ先生」
田村は俺をちらりとも見ず、黒板に向かって上げた手を止めた。
クラスメイトは俺たちの一挙手一投足に注目しっ放しだが、そんなことはどうでもいい。
「返事は?」
田村は大きくため息をついてゆっくりと振り向く。
「お前はTPOもわきまえられないの?」
「そうやって先生がいつも誤魔化すからこういう事になるんでしょ」
俺は拳を強く握りしめた。
「だからって人前で教師を押し倒すなんて、おかしいよお前」
「そんな事言って、先生だって俺のこと好きなくせに!」
俺がそう言い終わるが早いか、沈黙が破られてクラスメイトは騒ぎ立て始めた。
どうすんだよ田村。
田村先生答えてあげれば?
「ふっ、・・・ふざけるのもいい加減に・・・しろ」
田村がやっとのことで発した台詞は、あからさまに動揺していた。
入学当初からずっと田村しか目に入っていなかった俺には分かっていた。
「・・・割れた眼鏡の修理代払ってもらうから、後で数学教官室に来い」
そう告げて、慌てて黒板に向けた顔は真っ赤だった。