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さよならは言わない

学校長式辞も卒業証書授与も、送辞も答辞も校歌斉唱もとどこおりなく済んで、おれは式の間中眠っかたし、端のほうの席からは、退場する卒業生の中に先輩の姿を見つけることもできなかった。
まあそんなもんだろうな、と思う。
教室に戻れば、さっきまでの静粛な空気が嘘のように、もう普段どおりのにぎやかな教室だった。
3年の教室に花を届けに行く者もいれば、部活か何かで集まって3年に挨拶するとかで、みんな浮き足立っている。
居た堪れなくなって、おれは教室を抜け出した。
廊下にも校庭にも、胸に花を飾った3年や、彼らを取り囲む下級生があふれていた。
誰もいない図書室に、逃げるように入り込む。
窓からの光はあたたかく眩しく、遠くに聞こえる歓声や笑い声がやわらかく体を包んだ。
かなしい。さびしい。
本当はその感情に押しつぶされそうになっているのに、一人になっても泣けなかった。
それはどこかでほっとしているからだ。
これで終わりにできる。
やっと諦めることができる。
あの人を、解放することができる。
おれのわがままに巻き込んでしまった、あの人とはもう二度と会わない。
泣きたいのに泣けなくて、胸の中で何度もごめんなさいとつぶやいた。

「あ、やっと見つけたし。」
ドアの開く音と、場違いなほど陽気で穏やかな声に、思わず振り返ると、さっきから何度も思い描いた優しい笑顔がそこにあった。
「探したぞばか。メールしても電話しても出ねぇし。」
「…部活のお別れ会に行くとか、言ってたじゃん。おれ関係ないし。」
足元を見ながら悪態をついたけれど、罪悪感とか嬉しさとかが綯い交ぜになって、声も体も震えていた。
胸に花を飾った先輩がじっとおれを見ている。
もう二度と会わないなんて思いながら、探しに来てくれるのを期待していた。
だからせめて、最後くらいはちゃんとお別れを言おう。
それなのに、声を出したら今更のように滲んだ涙がこぼれてしまいそうで、何も言えなかった。
「ほんとばかだね、お前。」
先輩のあたたかい手がおれの頭を撫でる。
「思う存分切り捨ててください、みたいな顔で告ってきたお前のこと構ってたのは、最初は確かに単なるヒマつぶしだったけど。」
その言葉に驚いて無意識に瞬きをして、しまった、と思ったときには涙が一粒右の頬を転がっていた。
「俺だってちゃんと、お前のこと見てて、それで好きになったってなんで信用しないかな。」
先輩の指先が、かすかに濡れた頬をたどる。
顔をまっすぐ見られなかったけれど、きっと先輩は困ったように微笑んでいる。
「俺はさよならとか言わない。もう単なるヒマつぶしじゃないんだ。」
とうとう溢れ出した涙を、指先を濡らして受け止めながら、先輩がおれの額に唇を寄せた。
「遊びに来いよ。大学の近く、すげえいいところでさ。でかい街だけど自然も結構残ってるし、景色がきれいなんだ。何より知ってるヤツ誰もいねぇし。そしたら誰にも気兼ねしないで会えるだろ?」
先輩の声が直に体に聞こえる。
頷くことも首を振ることもできなかったけれど、結局いつも、逃げられない、逃げる気もないのはおれのほうだ。
あやすように抱きしめる先輩の腕の中で、おれは先輩に聞こえないようにごめんなさい、と呟いた。