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カンタビレ

「泣くなよ」
「泣いてない」
「ボロ泣きじゃん」
「泣いてねーよ」
「泣き虫けむし~挟んで捨てろ~って言いだしっぺ誰なんだろうな」
「知らねーよ!」
馬鹿な事を言いながら背中を擦ってくる無骨な手。
楽器なんて似合いそうになく見えるのに、その手に触れたピアノはまるで
歌いだすかのように鮮やかに音を生み出していく。

この、指の長い手が、こいつのピアノが、俺は大好きだった。


『別にピアノが弾けなくなった訳じゃないんだよ。でも、音楽家として演奏会に出るための練習には耐えられないだろうと、医者は言っていた』

そう電話越しに聞こえてきた声は、響きは軽いのに色をなくしていたのをよく覚えている。


「馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ何でお前は泣かないんだお前が一番辛くて悲しくて
どうしようもないはずなのに!」
「でもお前が俺の代わりに泣いてくれているよ。俺のピアノを悼んで、惜しんで
くれているよ。俺はそれでいいんだ」
「いいはずあるか馬鹿野郎!」
「うん、ありがとな」
「馬鹿やろお…」

背中を擦る手の暖かさはかつての温度と全く変わらない。
そのことがこんなにも辛いことだなんて、俺は今まで知らなかった。