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ジャイアニズム

友達は選べという言葉があるが、俺は思う。それができれば苦労はしないと。
「とにかく、今度という今度は絶対に別れてやる。もちろんこの公演を俺の実力で
 大成功させてから、だ」
「…ああ、うん。」
気のない返事がお気に召さなかったのか、目の前の美青年は蹴るように席を立って
恐ろしい形相で俺を睨み降ろした。俺は怒号を覚悟し無意識に眼鏡を押さえたが
予想に反し、テーブルの上に大量の紙資料がぶちまけられただけだった。
「わかったら、お前はさっさとこれを翻訳しろ。今夜中に」
「ええ…!?い、いや、いくらなんでも今夜中は…これから打ち合わせもあるし」
「てめぇの仕事は何だ?言ってみろ」
「え、あの、音響監督……」
「舞台の成功のために全能力をフル活用して献身することだろ!?主演俳優様が
 演技のために必要な資料を用意しろっつってんだよ、最優先事項だろうが!!」

天才の考える事はわからない。一つ言えるのは天才の熱意は恐ろしいという事だ。
というわけで、この俺の友人の一人も世間から天才役者と目されるだけあって
その情熱は凡人の俺には計り知れないものがある。普段からそうなのに、今回は
痴情も絡んでいるものだから尚更手の付けようがなく、結局あれから俺は例の資料
を翻訳させられ続けていた。そして友人もまた俺の傍らで一睡もせずに、訳した
端から奪い取っては、驚異的な熱心さで何度もそれを読み返しているのだった。
「しかし、ちょっとぐらい笑って欲しいなぁ…一応我が国を代表する少年漫画
 なんだけど、それ。」
日本語で呟いた俺の声は、まったく耳に届かないようだ。
そもそもこの資料を昼間こいつに投げつけて寄越したもう一人の友人、天才演出家
と名高い男のこだわりからして、俺からすれば、理解の範疇を越えた物だった。
「彼の思想を真に理解しもしないクズ役者に用はない」
と、その男は稽古の最中、自分の恋人に言い放ったそうだ。
「お前を舞台に上げるよりは、そのへんの駄々っ子のガキでも引っぱってきて
 台詞を読ませたほうが遥かにましな出来になるだろう」
…いや、そもそもこのキャラはまさに「そのへんの駄々っ子のガキ」なんだけど。

さて、結局二人とも一睡もせずに望んだ翌日の舞台稽古で、主演俳優の演技に
その場にいた全ての者は圧倒されることとなった。
「俺の物は俺の物、お前の物も」
決して声を張り上げているようには聞こえないのに、地響きのように存在感のある
彼の言葉に、誰もが息を飲む。
「俺の物……!」
次の瞬間、稽古だという事も忘れるほど、場内は感動の拍手と喝采で満ちていた。
そして俺の横を一人の男が舞台の中央に向かって駆けていき、
力一杯恋人を抱きしめたのだった。