ハリネズミのジレンマ

知ってるか否かの前に
間違えてるよ、ソレ。
と、小さく肩を竦めると
「んん?」
間抜けな声を上げて、ヤツがきょとんとした表情を浮かべた。
「…それ、ハリネズミじゃねーって」
「え?え?」
溜息が出る。
「ヤマアラシだよ…」
「ええっ!ハリネズミじゃねーの?」
…夜中なんですが。
リアクションでけーよ。煩い。

「うん。ハリネズミじゃねーの…」
だから俺はごく静か小さく応える。眠い。
「ヤマアラシ?」
「…ヤマアラシ」
まだ疑わしそうな声に、厳かに言い返せば
ちぇ、なんて
ヤツは似合うような似合わないような、少し拗ねた顔をして
「おまえは何でも知ってんだなぁ」と、次の瞬間には笑顔。
なのに。

「そーでも無い…」
気恥ずかしくなって、さり気なく視線を逸らし目を閉じかけた俺に
「あぁ、そういやそーか。ふはははっ」
…おい。即答かよ。しかも笑うのかよ
安眠妨害、断固反対。

「…で?」
「へ?」
「何か…言いたかったんじゃ、ねぇの?
“ハリネズミの、ジレンマ”」
「あー…うん、いや…なんかで読んで、いい話だなーって思って、」
教えてやろうと思ったんだ。
「…イイ話?」
「うん」
ヤツは非常に素直に頷いたが、俺は眉を顰めた。

…いい話だったか?

ハリネズミ、もとい
ヤマアラシのジレンマ。

寒い夜、二匹のヤマアラシがいる。
くっついて暖め合えば凍えない。
けれど体を覆う硬い針のような毛が互いを傷つけるんで、体を寄せ合えない。
…っていうような話で。
求め合っても、一緒になれない、みたいな
悲しい、淋しい感じの話じゃなかったか?
いや、確か固い話だと哲学かなんか、自己の自立がナントカカントカで…

「違うんだよなー、それが」
「へ?」
アホみたいな声を出した俺の体を、グイと胸元に引き寄せたのは
目が覚めそうな、力強い腕。
「…たとえ、すぐにはうまく行かなくても、
二人なら見付けられるんだって」

…何を?
ヤツの優しい声と鼓動と体温を感じつつ、少しぼんやりした声になってしまったのがわかった。
…眠いせいだ。

「お互いを、じょうずに暖め合う方法を、だよ」
最初は傷付け合っても、傷付け合わないような方法を。
小さな傷が沢山出来ても、二人で探せば、必ず何か方法はあるんだよ。
それってスゲーことだろ?
イイ話だろ?なっ?
嬉しそうに。
幸せそうに、ヤツは笑う。
「………」
ハリネズミもヤマアラシも、ちゃんと見たことがないから
正直なところ、本当かどうかはわからない
やっぱり無理じゃないの?とも思う。
わかることは、こいつが底抜けに楽天家で明るいってことだけ。
だけど俺は、コイツのこういうところが。

「…わかったわかった…すごいすごい…だから、」
もう黙って目も口も閉じて
おとなしく抱き合って
幸せなハリネズミとヤマアラシの夢でも見ようや、と
俺はヤツの裸の背中に腕を回して、肌をぴたり合わせて、今度こそ目を閉じた。

こいつに逢うまでは
俺はハリネズミだった
こいつに逢わなかったら、
きっと凍え死んでいた。
…こいつに逢わなかったら

でも、こいつとなら
俺はハリネズミでもヤマアラシでも、
きっと、凍え死にしない。



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最終更新:2011年04月27日 21:39