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遠足帰り

オレンジ色の焚き火の上で、コトコトと湯が煮えている。使っているの
は道で拾った鉄鍋だが、随分と役に立つものだ。くべた枯れ木がパチリ
と弾けて、火の粉を散らす。遠くではフクロウの声。頭上でムササビの
滑空。地を這うような、野良犬の遠吠え。炎から少し離れた所では双子
の姉妹、ブルーとホワイトが身を寄せ合い、すやすやと寝息を立てて
いる。それに重なるように聞こえるのは、朽木の欠けらを踏みながら、
わざと気配を絶たずに近づいてくる足音だ。じっと見守るうちに、夜闇
の中にゆらりと影がうごめき、一人の少年が姿を現わす。漆黒の髪、
普段通りの仏頂面に何故か無性に安堵を覚えつつ、白湯を汲んだ
カップを差し出した。
「お帰り、ブラック。見張り番、ごくろうさん」
「お帰りじゃねえよ。寝てなかったのか、レッド。見張りを交代でやる
意味が無いだろうが」
「寝つけなかったんだよ。グリーンはどの辺にいるんだ」
ブラックは無言で空高くを指差した。小さな休憩の場を取り囲む樹木の
群れは黒々とそびえ、無数の生き物をたたえてざわめいている。ぽっか
りと拓けた空き地の真上に月が浮かび、それを貫くように一際鋭く、
杉の大木が伸びる。人の影、グリーンの姿が見えているのはその先端
だった。自分の背丈よりも長い鉢巻を揺らし、きょろきょろと風見鶏の
ように落ち着きが無い。どうしてあんなに高いところを好むのだろう
と、いつも不思議に思う。
「先生は?」
「ハンモックの上。あの野郎ぐーすか眠りこけやがって、のん気な
もんだ。消し炭でヒゲでも描いてやりゃ良かった」
ぶつくさ洩らすブラックにそっと微笑むと、レッドは視線を彼方に
転じた。山を降った遥か裾野では、星が瞬くように町の家々に明かりが
灯っている。ようやくここまで辿り着いた。人間の生活が息づく所ま
で、あと一歩。あの日、秘密基地を出発してから早三ヶ月が過ぎて
いた。熊を倒すことは十一匹、猪を屠ること十七頭。その間、遭遇した
怪人組織の戦闘員、ゼロ。医薬品はなく食料も乏しいまま、落ち武者の
ごとく山野を駆け巡ったのだ。何度師の「あれ、ここどこだっけ」の
言葉を聞いたことだろう。何度「ああ、水、全部飲んじまった」の
言葉に歯軋りしたことだろう。思えば長い道程だった。
もはや五人の若人は、旅立った当初のヒヨコのままではなかった。
胸を張って、帰るべき場所へと還るのだ。あの明かりの中に、自分達を
待つ人々がいる。三ヶ月前に遠足に出ると言い残してそれっきり
消息不明の自分達を待つ人々が。あの明かりこそ、悪の手から自分達が
守るべきものなのだ。
「これ、遠足じゃなくて、既に遠征の域に達してるんじゃねえのか」
あの野郎、町に着いたら覚えて居やがれ、と、ブラックが喉の奥から
声を搾り出す。その時はおそらく、鉄鍋が恐るべき武器へと変貌を遂げ
ることだろう。明日には帰れたら良いなと、レッドは大きく
伸びをした。
「基地に帰るまでが遠足だからな。油断するなよー」
早く、あんなおっさんに頼らずとも済むよう、一人前にならなければ。
図らずも、見習いレンジャーの子供達は同じ事を思ったのだった。