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立場の変化に伴う人称変化

「……なあ」
「あ?」
「お前の好きな食べ物ってなんだっけ?」
「俺か?好き嫌いはないが……肉料理が好きだな」
「そうか。……あれ?」
 煙草に火をつけ、うまそうに吸う正樹を見ていて、俺はあること
に気がついた。
「どした、アキラ?」
「お前、前まで自分のこと『僕』って言ってたよな?」

 俺と正樹が付き合いだしたのは1年ほど前だ。出会ったのは2年前。
桜が綺麗に咲いていたあの日、正樹はキャンパスでノートを抱えて道
に迷っていた。
 女の子のように小さくて細い体、そして整った顔立ちに惹かれて、俺が
道案内をしてやったのが始まりだった。
『先輩、ありがとうございます。僕、昔っから方向音痴で……』
 そう言ってはにかんで笑うお前は、とても可愛かったのに……。

「……なんでこんなにごつくなっちまったのかなあ……」
「こんなとはなんだ、こんなとは」
 この通りだ。2年前に見た正樹は幻だったのかと思うほど、こいつはたく
ましくなった。背は急激に伸び(成長期が遅れて来たらしい)、大柄な部類
に入る俺よりもデカいし、全身には硬い筋肉がつき(俺と出会った直後にボク
シングサークルに入りやがった)、おまけに先輩である俺にタメ口だ。
「昔はお前も可愛かったのになあ……」
「何だよ、今は可愛くないってのか?」
「そんなことねーけど」
「大体、俺みたいなごつい男が『僕』なんて言ってたら気持ち悪いだろ?」
「そりゃまあそうだけど……」
「…・…それに、さ。『僕』じゃ、よそよそしいだろ?」
「?」
 正樹は少しだけ恥ずかしそうに、下を向いて言う。
「アキラと、恋人になったから、対等に向き合いたいんだよ。……可愛い後輩
じゃなくて、俺はアキラに、恋人だって思ってもらいたい。……だから頑張って
一人称と敬語を直したんだぜ?結構大変だったんだからな」
 まあ、ボクシング始めたのは趣味だけど。そう言って正樹は、俺の目を見つめた。
 ――まったく、生意気になっても、こういう一生懸命なところは変わらないな。
「ま、一粒で二度おいしい恋人ってのも、悪くねえな」
「……俺はガムや飴か」
 ゆっくりと、正樹と唇をあわせる。そういえば、キスも変わった。昔の正樹の不器用
なキスとは違う、上手なキス。

 俺の恋人は、一粒で二度おいしい。