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目隠し

ああ、部員が少なくて、今にもつぶれそうな美術部の部長…なんて肩書き、さっさと
捨ててしまえば良かった。まともな部員は俺一人なんだから。せめて、最後の高校の
文化祭は、美術展やりたいなんて、思わなければ良かった。いつも何考えているか
分からない後輩のジョウタに、「何か出展して」とか頼みに行かなければ良かった。
だいたい、普段やる気なんてカケラも無いような男に、いきなり「じゃあ絵のモデルに
なってください」なんて頼まれて、何で俺はおかしいと思わなかったんだ。
その言葉を信じて、人気のない美術準備室にノコノコついていくなんて、指示される
ままに縛られるなんて、愚の骨頂だ。
何が「青春の不自由さを書きたい」だ。これじゃぁ青春の変態じゃないか。
Tシャツとトランクスだけで、身動き一つとれないようにして、目隠しをされているなんて…
「…せめて縄だけでも解いてってよ」
「ダメですよ。もう書き始めてるんですから、動いたらおかしくなるじゃないですか」
「でも…」
「携帯取りに行くだけですから。すぐ戻りますからね」
暗闇の中、ポンポンとジョウタに頭をなでられた。
ちくしょう、後輩の癖に、子供扱いしやがって。
抵抗しようにも、両手両足を椅子に縛られて、目隠しをされた状態では、どうしようもない。
ジョウタは「じゃぁ本当にすぐ戻りますから」と言って、俺から離れていった。
美術準備室のドアを開けて出て行く音がする。・・・あれちょっと待て、今鍵まで閉める音が
しなかったか? せめてドアは開けていけよ。いや待て、もしや出て行ったふりをして、俺が
怯える様子を楽しんでいやがるのではないか。
俺は歯を食いしばって前を向いた。しかし、気配は何もない。「怖くなんてないぞ」と口に出すと、
余計色々なことが頭をよぎり、何も見えない視界に、鮮やかに浮かび上がった。

例えば、ジョウタは俺のことが大嫌いなのかもしれない。(何考えてるか分からないし)
だから、普段誰も来ないような美術準備室で、俺を拘束して部屋に放置して、鍵をかけて
出て行った。俺はもう、されるがままにしかならないし、逃げることもできない状態だ。
例えば今から、ジョウタが連れてきた数人に、「うぜえ」と力いっぱいぶん殴られても
どうしようもない。
このまま放置されたとしても、明日か明後日まで誰にも見つけてもらえないかもしれない。
今は水曜日だから、最悪月曜日まで誰も見つけてくれない、なんて悲劇もあるかもしれない。
もしくは校舎に火をつけられたら、死ぬしかない。
いや万が一殺されたとしても、美術準備室の鍵は俺が借りに行ったから、ジョウタは疑われまい。
そうなったら俺は―――
だんだん心細さに泣きそうになってきた。
ちくしょう、こんな目隠しなんてしなければ、まだマシなのに。
フンフンと顔を振ったり動かしたりして、何とか取ろうと頑張ったが、目隠しは全くずれてくれなかった。
ガチャン。ガラガラガラ。
ふいに、静かだった美術準備室に、大きな音が響いた。
視覚が封じられているせいか、聴覚に敏感になっている俺は、飛び上がるほど驚く。
誰かがこの部屋に入ってきたんだ。誰だ。ジョウタか?
俺は痛いほどバクバク言っている心臓の音を聞きながら、「ジョウタ…?」と名前を呼んでみた。
足音と俺に近づいていく気配がして、いきなり顎をつかまれた。
心臓がちぢみあがり、体がおかしなほどに震えた。
「だめですよ先輩、今目隠し動かしたでしょ。モデルにならないじゃないですか」
ジョウタの声だと脳が判別した瞬間に、俺はさっきまでグルグルとまわっていた悪いイメージや、
急に触覚を刺激されたことの恐怖で、頭の中が一杯になった。
色々な悪魔が俺に襲いかかる。
呼吸が上手くできなくなって、息苦しくなり、俺は自然と荒い息になっていった。
「…あれ? どうしたんです、いきなり息荒くして。大丈夫です?」
ジョウタが、俺を落ち着かせようと、首や背中をゆっくりとなでてくれた。
視界が封じられているせいか、その感覚が妙に生々しくて、俺は身をよじって拒否した。
「…やだ」
「え?」「もう無理だ… モデル、他の人に頼むから…」
「ちょ…ちょっと先輩、何で涙声なんですか」
「目隠しとってくれ!」
「はあ!? ど、どうしたんですか先輩!」
肩を強くつかまれて、俺の何かが切れた。俺は子供のように泣いていた。
「あ…ちょっ……せ、先輩ごめんなさい、ど、どうしたんですか。
 泣かないで。どうしたんです? あれ? 僕ですか? わ、悪かったですか?
 でも先輩がモデルやってくれるって… あ……泣き顔もいいな…」
俺がワンワン泣いている中、ジョウタは何かわけのわからないことを言いながら、
俺から離れていった。心細くなって「ジョウタ」と呼ぶと「後にしてください」と答えられる。
あぁもう、俺、お前が何考えてるか全く分からない! 離してくれ!!
自分の泣き声の中、スケッチブックが開かれ、紙の上をペンが滑る音がした。
うわ、コイツ俺がパニックに陥っているにも関わらず、デッサンはじめやがった。
悔しいので泣き止もうと頑張ったが、わななく唇や、ひくつくノドは隠せない。
「後でお菓子買ってあげますから、もう少し待ってください」
しばらくして、ジョウタがそう言った時には、俺はもう返事できないぐらいシャックリが
止まらなくなっていた。

結局1時間、ジョウタは俺の拘束を解かなかった。
しかも解いた後の第一声は、ものすごく嬉しそうに
「見てください! 10枚も書いちゃいましたよ」
と、色々な角度で描かれた、下着姿で椅子に縛り付けられ泣く俺の図を見せてくれた。
「先輩、油絵で描く予定、彫像にしてもいいですか?」
自分の絵を見ながらうっとりと言うジョウタが、腹立たしい。俺は泣きすぎて声が出なかった
ので、思いっきりカバンでジョウタをはたいた。
「イタッ!! …さっきまで、あんなにかわいく泣いてたのに…
 あぁ先輩、約束どおりお菓子買ってあげますから、駄菓子や寄って帰りましょう」
この野郎、先輩に対してその態度は何だ、という気持ちをこめて、もう一度カバンで殴ろうと
したら、それはやすやすとはばまれ、カバンを取り上げられた。
「じゃぁ行きましょう。いやー、いい作品になりそうです。またモデル頼みますね」
ニコニコしているジョウタは、相変わらず何を考えてるのか分からなかった。