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失望させないで

「陛下? もう会議が始まる時間ですが」
コンコンと扉をノックして、彼の私室へと足を踏み入れた。
室内へと目をやれば、視線の先にいる男は、未だ寝台に横になったまま面倒くさそうに頭を掻いている。
殆ど裸同然の格好でふわぁと大欠伸をする彼に、私は思わず語気を荒げて詰め寄った。
「……まだ、御支度なさっていなかったんですか!?」
「ああ」
相手はそう生返事をして、にやりと愉しそうに口の端を歪める。
「こいつが、ついさっきまで放してくれなくてな」
言いながら、彼は自分の横で眠っている少年の髪を、骨ばった指先で乱暴に梳いた。
カールした毛先に指先が絡まるのを力任せに引き抜くと、その指先をあろうことかそのまま少年の胸元へと持っていく。
こちょこちょとくすぐられる指の動きに反応するかのように、少年の吐息が荒く、けれど甘いものへと変わった。
思わず目を逸らした私に見せ付けるかのようにその行為を続けながら、彼はこちらを向いて当然のように言った。
「会議は、午後にしろ」
「そういう訳には参りません! 今回の会議は隣国からも……」
反論しようと声を大きくした私は、けれどその言葉を途中で止めないわけにいかなかった。
私を見る彼の瞳は獲物を前にした鷹のように鋭く研ぎ澄まされ、怒りに満ちていた。
「後にしろ」
それは、その場に凍り付けられてしまいそうなほど冷たい声だった。
数ヶ月前まで私にかけてくれた優しい声とは、天と地ほども違う声だ。
その声音に、私は唇を噛み、握りこんだ指先の爪を手のひらの肉に食い込ませた。

それでも了承しようとしない私に、彼は地を這うような声で尋ねる。
「後にしろと言っている。――その耳は飾り物か?」
――もはや私に、選択権はなかった。否、そもそもそんなものは、最初からどこにもなかった。
私は小さく息を呑み、首筋を濡らした汗の粒を気取られないように上着の袖で拭う。
棒立ちのまま「かしこまりました」と告げれば、彼は満足そうにふんと鼻を鳴らした。
その表情に、かつての彼が既にどこにもいなくなってしまったことを知り、私は心苦しさからわざと暴言を吐いた。
「あまり失望させないでください。こんなことを続けるようなら、いつか私は貴方を王とは呼べなくなる」
それはごく小さな呟きだったが、彼の耳には確実に届いたようだった。
彼はシニカルな笑みを浮かべて、吐き捨てるようにぼそりと応えた。
「……そんな日が来たら、そのときこそ俺は終わりだな」
そうして、その赤い瞳で真正面から私を見据えて、言ったのだ。
その日が来るのを、既に予期しているかのように。
「お前に、俺が見捨てられるような日が来たら、それが俺の最期だ」