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人でなし×お人よし

畦道に沿うた人々の列は千々に乱れ、今や阿鼻叫喚の体を成している。その小柄な身体は暗雲と共に訪れたつむじ風に巻かれて宙に躍り上がり、今となっては、空の高きより、ただ呆然と事の成り行きを見守る他無かった。耳の側で哄笑が聞こえる。首を反らして、身の自由を奪っている者を怒鳴りつけた。
「何故、斯様な真似をするのだ!今すぐ私を下ろせ!」
罵声を浴びた異形の者は金色の瞳を大きく見開き、
「そんなにあの大仰な神輿が気に入っていたのか?」
とおどけた事を言う。ぎり、と歯を軋らせて睨みつけるものの、どこ吹く風といった様子だ。

初めは村に住む少年の一人だと思っていた。祭事を司る神職に有ると言えど若輩者、全ての民を把握してもおらず、
見知らぬ顔に戸惑いはしたものの、無垢な眼に、自然と微笑が浮かんだ。油断をしていた訳ではないが、
人柱としての定めを受け入れ、土牢の中で過ごす日々を、懐こく見舞ってくれたのはこの少年だけだったのだ。
いよいよ水神の住まう大河へと向かうその道中、彼の者は正体を現わした。隠し持った鋭い角を露わにし、雷を呼び、嵐を起こして人々の動揺を誘ったその隙に、人身御供の男の体を天へと放り投げた。
そうなればたまったものではない。

「私は行かねばならん。怒れる河伯の御心を鎮め、水の害から人々を救う為に、我が身が必要とされている。
己可愛さに逃げるわけにはいかぬのだ。早く元の所へ戻してくれ」
「人柱とは、確か、女子を捧げるものと聞き憶えたが」
「白羽の矢の立った長者殿の娘が泣いて嫌がったのだ。仕方あるまい。この際、男で許してもらおう。私は神事を執り行う者。身寄りの無い分、都合も良い」

男の体を抱え込んだ鬼の哄笑がなおも高まる。呆れた愚か者どもよ、と彼は口角を吊り上げた。
「唯人一人の血肉でもって、何ぞ鎮めが成るものか。見よ、貴様を奉っていた連中が蜘蛛の子散らして逃げていく。我が身は風、我が身は嵐。我らが姿を畏怖する者よ、顔を背けて同胞を差し出し、その犠牲にて保身を図る者よ。洞に隠れて災禍を過す、鼠のように怯えた者どもらの捧げるニエに、一体どれほどの価値があろう」
稲妻が閃く。その光の先に、横たわる龍のような川が、水を湛えて煌いている。「力不足と申すか」暴れるのを止めてうなだれた男に、鬼はそれでも行くというのなら、と声を掛けた。

「そもそもあそこの神は生贄よりも酒を好むのだ。貴様なんぞ放り込んだら却って怒り狂うに決まっておる。何だったら、我が口利きしてやっても良い」
男は驚いて鬼の顔を覗き込んだ。金色の瞳がくりくりと瞬いている。
そのままものを言う暇を与えず、鬼は身を翻す。二人の身体は一陣の風となり、野を馳せ、里を渡り、まっしぐらに駆け抜ける。
「ただし、おぬしは我の嫁になるのだぞ!」
鬼の胸元に必死にしがみついていた男は、その言葉に思わず目を剥いた。

何故、圧倒的な力を見せつけ、仲間から引き離したのか。
何故、今になって恩を売るような真似をするのか。
「さては、この為の茶番であったか!」 この、オニ!
罵倒と同時に雷鳴が轟き、高らかな笑い声が田畑に響いた。