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コスモス・時間旅行者

彼の実験室には用途の不明瞭な、奇妙としか言いようのない物が多い。
と言うよりも、奇妙な物しか無いのではなかろうか。
目に付く物で奇妙でない物なんて、古びたテーブルに飾られた小さな花ぐらいのものだ。
薄暗い部屋に不釣合いに揺れる白い花は、まるで逆境に置かれているようでいじらしく、愛しく思えた。
……まあ、この部屋にある以上はただの花でない可能性の方が高いのだが。
「あまり触らないでくれよ。危ないからね」
奇妙な陳列物を物色していた私に、彼の柔らかな声が注意を促す。
しかしそうは言ってもせっかく招かれたのだから、このチャンスをのうのうと見過ごす手は無い。
御婦人方との話の種として少しでもこの部屋を見て回るのが今の私の義務であろう。
激しく燃え上がる使命感に駆られた私は、耳が聴こえなくなった振りをして物色を続ける事にした。

数十分後、私はとんでもなく奇妙な物を発掘してしまった。
これ以上に奇妙な物はそうそう見つからないだろう。
奇抜なフォルムに、人間の色彩感覚としては有り得ないようなカラー。
一体何に使うと言うのだ。これは不明瞭どころの話ではない。
まさかどこかにスイッチが……あっ、ああっ!そんなっ……!
「――ねえ、君。そろそろ時間じゃないのかい?」
とんでもなく奇妙な物と戯れていた私の状況に気づいていないのか、それとも気づいていない振りをしているのか、
相変わらずの穏やかな声で彼が私に尋ねた。
……ああ、あった。これ以上に奇妙な物が。
「そうだな。もう約束の時間になるか」
とんでもなく奇妙な物を棚に戻しながら答える。
正直まだ帰りたくはなかったが、そんな理由で以前からの約束をキャンセルする訳にもいくまい。
「次はいつ招待してくれる?」
仄かな期待を抱きながら、椅子に座る彼の顔を見遣る。
その視線に私と同じくらいに端正な顔が一瞬だけ揺れ、少し困ったような声で返事を返した。
「忙しくなるから、まだ今度だよ」
「――君の『今度』は信用ならないな。十年後? 二十年後?
言って置くが百年後に招待されたって、私は来れないんだぞ」
まるで冗談でも言うように、軽い調子で反論する。
しかし私としては強ち冗談でもないのだ。
彼に関する噂の全てを信じた訳ではなかったが、それでも「もしかしたら」と思わせてしまう何かが彼にはあった。
「……それでは、これを」
彼は駄々をこねる子供をあやすようにふっと笑うと、音も無く立ち上がってテーブルの花を一輪手に取った。
それを私に差し出し、今度はまるで姫を守る騎士のように恭しく微笑む。
「その花が枯れる頃に招待しよう」
「……伯爵。この花、枯れないって事はないんだろうな?」
花をそっと受け取り、まじまじと見詰める。
見かけこそ普通の花だが、彼の事だ。やはり信用ならない。
「まさか。ただのコスモスだよ」
「本当に?」
「本当に」
「それじゃあ、信じるしかないな」
小さな花を大切に胸に挿しながら、半ば根負けしたように言う。
いくら疑った所で私に真偽を知る術など無いのだから、それならば疑う意味も無いだろう。
部屋を出ようと扉に手を掛ける。
それを見送る彼と別れの挨拶を交わし、私は恋する少女のように微笑んだ。

「永遠に君を愛しているよ。サンジェルマン」
「――何千年経っても君を忘れないよ。カサノヴァ」