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6万人の声援

彼こそが自分の最大の好敵手である。
自分こそが彼の最大の好敵手である。
初めて会った時から、零れ落ちそうなまでのその才能に、華やかさに、全身の細胞が震えるのを感じたあの時から。
彼の唯一無二の存在でありたいと願い続けた。ともすれば、子供じみた一種の執着ですらあった。
それがどうだ。

彼に向けられる6万の声援。別れを惜しむ叫び。感謝をうたう横断幕。
こうやって、いざ彼の最後の試合に立ち会ってみれば、僕もその6万人のうちの一人でしかなかった。
他の全ての観客と同じく、他の全ての選手と同じく、
彼を愛する一人でしかなかった。
それは心地いい感覚だった。

「お疲れ様」
「ああ…ああ、ユニホーム、お前にやろうかと思ったのにな。若いやつにやっちゃった」
「うそつけ」
涙の跡を残しながらも、笑っていけしゃあしゃあと言う彼に思わず吹き出す。
「凄いよ。いい引退試合だ」
「ああ」
「お疲れ様…本当に」
「ああ、ありがと。でもこれからさ。球を蹴らない俺が、何者になれるか。これからだ」
予想しない答えに顔を上げた。聡い彼は、こんなところでも僕の上を行く。
別れ際に、本日二度目の抱擁を交わした。
抱きしめた瞬間に、今まで平気だったのに、なにかが壊れたように涙があふれた。
「今泣くのかよ。遅いよ」と笑う彼の肩に、額を押し付ける。
「少し、勝ち逃げされた気分だ」

馬鹿みたいに心の大きな部分を占めていた彼が去っても、僕にはまた次の試合があり、チームでの役割があり、成し遂げようと決めたことがある。
走れるうちは走らねばならぬ。それが僕の矜持だ。
だがそれを一瞬忘れるほど、久しぶりに借りた彼の肩は、暖かくて気持ち良くてたまらなかった。