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両思い未満純情エロス


(流血注意)

夜勤明けで目をしばたかせながらフラフラ歩いていると、後方からガンっと派手な音がした。
振り返れば高校生のガキが何やら蹲っている。電柱にでもぶつかったのだろう、鼻を覆った手の指の間から赤い血が見えたので、持ち合わせの脱脂綿を詰めてやった。
ついでに自販機からポカリを買って、鼻の頭に押し付けて冷やす。詰襟から覗いている首筋に垂れ落ちたものが多少付着してはいたが、後で洗えばよろしい。
ガキは学校に行け。俺は寝る。

日暮れに公園の脇を通りかかると、見覚えのあるガキがいた。
先日は有難うございました、と、思ったより折り目正しく頭を下げてくる。
並んで立つと俺より図体がでかい。腹の立つ奴だ。公園のベンチに腰掛けて、奴がお礼です、と差し出した缶コーヒーを受け取った。奴はそのまま横に並んで座ったが、何故か何も喋らない。構わず、温かかったのでコーヒーをぐびぐび頂く。頭上で照明が数度瞬き、周囲を白々と照らし出す。枯葉が足元でカサカサいってるのを聞いていると、いきなり突風が起こった。丁度目の前を歩いてた姉ちゃんのスカートがふわりと巻き上がる。
「あ、いやあん」
黒!黒だよ!しかもガーター!思わずコーヒーを吹きそうになったが、ふと横を見ると、やはりびっくりした様子で奴は鼻血を垂らしていた。
俺は遠慮無しにゲタゲタ笑い、脱脂綿を詰めてやった。

今日は河川敷で奴を見た。公園のベンチで大量のチョコレート、ナッツ入りを鼻血を垂らしながらバクバク食ってたのを発見して脱脂綿を詰めてやったのが2月の14日、数日前のことだった。
市内を突っ切るように流れる一級河川、それを横切る電車がガタガタ鉄橋を震わす下で、同じような制服の高校生が5人、一斉にあのガキに飛びかかっていく。さすがに仰天した。どこの
青春ドラマだ。最近は校舎裏でどつきあうのが流行じゃないのか。お前も応戦してんじゃねえよ。
いくらガタイがいいからって敵うわけあるか馬鹿たれ。
これだからガキは嫌だ。粗暴で、低脳で、考え無しに直ぐに感情に走る。鼻骨が折れでもしたらどうするんだ。呼吸難は困るだろうが。しかもすごく痛むんだぞ。
奇妙な雄叫びが響く。奴の顔面が幾度も殴打され、血がプワッと散った。鼻から出血か。
口を切ったのかも知れない。もういい。十分だろう。やめろ。やめろ。そいつを殴るのは、やめろ。
水際で俺は叫び声を上げた。が、走ってきた電車の音にすぐにかき消された。まあ自分でも何を怒鳴ったのか分らなかったのだ、誰の耳にも届くことはなかったろう。

西陽に照らされながら、そいつは興奮が鎮まらないという顔をしていた。ふ、ふ、と
口から息を吐いている。鼻栓のせいで呼吸し難いのだ。
あれから、河原に膝をついていたこのガキの襟首を引っ掴んで無理やり立たせ、俺は走った。
一心不乱に走って逃げた。奇声を放つ闖入者に興を殺がれたのか、乱闘相手の高校生達は追ってこなかった。運のいいことだ。はずみで振り落とした俺の眼鏡、今頃あいつらに踏み潰されていないだろうか。とにかく俺の住家に連れこみ、こいつの血に濡れた顔下半分を洗面所でざかざか洗わせた。その後、鼻に脱脂綿を詰めてやると、ガキはごめんなさい、と謝った。謝られる理由が分らなかった。
「何であんなことになったんだ」頭を撫でたら嫌がったので、両手でがっしり包んだ。
「お前、喧嘩だけは、やめろ」説教は無駄かもしれん。こいつは俺の知らない所でだって血を流す。
「流れたら血がもったいないだろうが。節約しろ。そんで、18になったらその分を献血にまわせ」
白い脱脂綿がじわりじわり染まっていく。五畳一間に橙色の光が満ちる。腫れた頬、切れた唇の赤が曖昧になる。奴はぽっかりと口を開いた。
「最初に会った日のこと、覚えていますか。おれが電柱にぶつかって鼻血を出したの、あなたに見蕩れてたからだって、まだ話してませんでしたよね」
それどころか互いの名前すら知らないのだ。俺は阿呆、と笑った。今は笑ってやる事しかできないと思った。奴は鼻から脱脂綿を抜いた。俯いた頭を撫でると、今度は嫌がらなかった。
それから二人伴って、放り投げられた学生鞄を取りに河原へ向かった。途中、脱脂綿の予備を買い足さねばと頭が一杯だった俺の指に、絆創膏の巻かれた指がそっと絡んだ。気付かない
ふりをすべきか、少し悩んだ。その日結局、俺の眼鏡は見つからなかった。