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ラブレター

「緊褌一番(きんこんいちばん)」
ふんどしをきつく締めろ。
緩みを許さず、心を新たにし、常に
真剣勝負で物事に当たれ。
必要なのは、覚悟だ。 


周囲は早朝の喧騒に満ちていた。それとは真逆に、
友人は静かな様子で言葉を紡いだ。 
「昨日は、ゆきえちゃんなる人物から封筒で手紙が
届いたわけだ。 
帰ってみたら、机の上に思いがけず置かれてたんだよ。
ピンクの封筒が。いやむしろ桜色だ。薄紅だ。とっさに女の
子の好きそうなリップクリームを思い浮かべたね。ほんのり
香ってきそうな、片手のひらに乗せられるような封筒だよ。
泣くかと思ったよ。この世に女神がいたもんだ。陰ながらオレに
想いを寄せる女神がさ。無論中を見たよ。分るかどれだけ
胸が震えたか。分るか何が出てきたか。ええ?」
「気に入らなかったのか」
「考えてみろ気に入るもんかいらんもんか。一枚だけ入ってた
和紙をぺらっとめくったら、筆ででかでか『緊褌一番』!
聞いてねぇよ!墨汁臭ぇよ!なめとんのかあぁ」
「ふん、俺の一番好きな言葉だ」
「だから聞いてねぇんだよ、そんなことは!」
「しかし、誰からでもいいから手紙が欲しいと言っていたのは
真治、お前だろう」
「ただの手紙じゃないよ!オレが欲しいっつってたのは
ラブレター!少なくともふんどしじゃねぇ!なんだよ、
差出人のとこ、ご丁寧に『ゆきえ』とか書きやがって!
てめえの名前は幸衛だろうが!」
「ちょっと期待しただろ」
「したよ!ちくしょう!」 
「我ながら久々にいい字が書けたんでな。おじい様も褒めて
くださったくらいだ。お前にも見せたいと、真っ先に思った」
「余計なお世話だ!てめえは獲物を捕らえた猫かよ。確かに
おまえの書く真っ直ぐな字が好きだけどな、昔っから褒め
まくってきたけどな、オレの欲しいのは愛なんだよ、愛。
いや書くなよ!書かんでいい!」
「ふん。異な事を言うな。俺が書くものに、愛がこもってない
とでも思っているのか」
「そういう意味じゃねえよ。何と言やぁいいのか、どうして
こう話が通じないんだろう。わざとか?おい」
「風通しはいいぞ。夏も快適に過ごせるほどには」 
「あああ、おまえのふんどし趣味を聞いてんじゃないんだよ、今は」
友人はとうとう頭を抱え込んでしまった。唸っているところをみると、
どうも迂遠すぎたらしい。失敗だ。まだ甘かったのだろう。必要な
のは、本気の覚悟だ。思いを伝える覚悟。  
友人は嫌がっていたが、やはり書かねばならぬと思った。
愛の一文字を。