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秋風

――求むれど 得難きは 色になん ありける――

艶のある声が心に苦しい。強く、そして繊細に奏でられる箏の音が静かに止んで余韻が消された。
彼はじっと目を閉じている。何も言わない。再び彼の指が、妙なる音を奏で始める。
静かに、激しく。十三の絃が、どこか異国風の音を響かせる。
――まるで、自分を啼かせるときのように。
楽を奏でることと、人を愛でることはどこか似ているのだと、彼は言った。
言いながら、自分という楽器を奏でるように抱いた。昨夜まで。

今日で自分は彼の元を去らなくてはいけない。最初からその約束だ。宗家の跡取りとして、
自分は名を継ぎ、そして次代をつなぐために、定められた結びつきを成さねばならない。
彼が奏でる音に惚れて、その演者に惚れて。楽の教えを請い、心と身体を希(こいねが)った。

少し冷たい風は、季節が秋になったことを教える。
『秋風の曲』――長恨歌をうたったこの曲を、今日の別れの曲に選んだのは何故なのか。
妙なる音を響かせるその指は、もう自分を奏でてはくれない。繊細なその動きは、もはや
その十三弦を奏でるためだけのもの。艶やかに唄うその声は、もう自分の名を呼ばない。

彼も、自分も、これからも楽を奏で続けるだろう。いつまでも。相手に届く様に。
奏でることのできぬ音を、思い慕う様に。忘れ得ぬ身体を奏でる様に。
秋の風にのせて、いつまでも、とことわまでも届く様に。

――翡翠のふすま ひとりきて などか夢を結ばん――