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指フェラ

――味は盗んで覚えろ。
いつの時代の話だ?とあきれ返るような台詞が師匠の返事だった。
創業ン百年という老舗料亭で仕込まれてきたというその腕を見込まれて、この場末の小さな温泉旅館に
引き抜かれてきた新しい板長。一番下っ端で追いまわしの俺は、せめて焼き方になりたいと板長に教え
を請うた。殊勝に頭を下げた後輩に対してなんという仕打ち。てやんでぇそれなら盗んでやろうじゃないか
と、いきりたった俺だったが、客に出す前の料理を味見できるはずもなく、ならば残り物でと下げられてき
た膳を覗き込めば煮汁の一滴すら残されていない。
いったいどんな味なんだ。落ちぶれかけていた旅館に賑わいを取り戻した、その料理とは。意地や反感で
なく、ただその味を知りたくてたまらなくなった俺は、夜半にこっそり板場へと忍び込んだ。板長が明日の
分にと仕込んだ煮物を、ほんの一滴、味わうために。
灯の落ちた板場。だがそこは無人ではなかった。
小さくともされた蛍光灯の下、板長は一人佇んでいた。
慌ててきびすを返そうとした肘が扉に当たって音を立てる。しまったと身を縮めた俺に板長は目を向けたが、
すぐに静かに配膳台に視線を戻した。

真剣な眼差しの先には赤伊万里の鉢に盛られた鯛の桜煮。ああ、春の新作を練っていたのか。
何故か言葉を発することのできなくなった俺の前で、板長の指がすっと動く。料理人らしい、
白く長い指が飴色の煮汁を掬い取り、薄い唇へと運ばれ、赤い舌が指先の雫を舐めとる。
不意に。その味を知りたいという欲求が俺の中で爆発した。
鍋に入っている出汁でなく、器に盛られた繊細にして華麗な一切れでもなく、あの指先についた一雫の味を。
欲望のまま俺は板長の手首をつかんだ。驚きに瞠られる両目を目の端で捕らえながらも身体は勝手に動き、
短く切りそろえられた爪先に舌を伸ばす。甘い。砂糖や味醂の甘さではなく、脳髄を焼くこの甘さはいったい
何だ。とっさに引こうとする腕を力任せに押さえつけると俺は細い指にむしゃぶりついた。かすかな指紋のおう
とつを舐め上げ、爪の間に舌をもぐりこませ、唾液を擦り付け舐めとり、堪能する。僅かにこびりついた味を。
その指を。
零れ落ちる唾液を手首まで舐め上げて、俺はようやく板長の顔を見た。驚愕に硬直し、薄く朱に染まった眦。
しっかりと視線を合わせ、俺は呟いた。
盗んででも、覚えます。この味を。この形を。あんたの指を。