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地下牢

じめじめとした地下牢のなかで、彼は小揺るぎもせずに僕を見つめている。
「恨み言をいうのなら、今が最後のチャンスだ」
「言うわけありません。全て承知の上です」
まだ20代半ば、これからの人生半分以上を投げ捨てることになる。
明日になれば、彼はこの地下牢から引きずり出され、鞭打ちの私刑が待っているのだ。
運良く生き残れれば村を追放され、浮浪者の道へ。
運が悪ければ、そのまま野垂れ死ぬんだろう。

この村の庄屋の娘と手を取り合い、駆け落ちした彼は哀れにも
追っ手に怖気づいた娘の泣き言にほだされ、まんまと戻ってきてしまった。
もちろん、この村を実質支配する庄屋の怒るまいことか。
――あぁ、逃げてしまえばよかったのだ。
律儀に姉を送り届けたりせず、何もかもを捨てて、この村から、この僕から。
「逃げればよかったんだ」
思うだけではなく、口にした言葉に彼はゆっくりと首を振る。
「逃げるくらいなら、貴方のお姉さんと駆け落ちなぞしませんよ」
「戯言だ。駆け落ちそのものが逃亡だろう」
「この村から、ではありません。彼女の幸せを追うことから逃げ出さない。
 そう誓ったからこそつれて逃げたし、そう願っているからこそ戻ってきました」
「……君は馬鹿だ」
彼を一生失うのだと考えると、体が震える。
だが、その畏れは口になど出せない。
明日罰をうける身である彼に向けて、罰を与える庄屋の息子である僕が
そんな言葉を口にしてはならない。
そもそも助けられない僕が、言えるような言葉ではないのだ。
拳を握って体を震わせていると、その震えを自らに向けられた怒りだと
勘違いしたのか、彼は深々と牢屋の中で額を地にこすり付ける。
「やめてくれ、そんな姿みたくもない」
吐き捨てて、僕はみっともなくも彼に背を向けて逃げ出した。
馬鹿はどちらだ。
愛の言葉一つ囁けず、救うことすら出来ない。
何度姉との逢瀬を引き裂いてやろうと思っただろうか。
気が狂うほどの嫉妬に苛まれながら、思いを抑えた結果がこれならば
思いを解き放っていればどれだけ楽になれただろうか。
地下室を逃げ出して、そのまま家からも飛び出した。

めちゃめちゃに駆け抜けて、林道に迷い込んで盛大に転んだところで我に返った。
じめじめと湿った枯葉の地面は、地下牢を思い起こさせて、僕はようやく嗚咽する。
「――お前のことが好きだ。ずっと好きだったのに!」
地面を殴りながら叫んだこの思いは、絶対に彼に届きはしない。