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40年ぶりの再開

先に見つけたのは奴の方だった。
「有川?有川じゃないか?」
「う、植野?」
少し離れた、取引先からの帰り道。
直帰しようかなぁ、書類を取りに帰ろうか。そんなことをつらつら考えながら上っていた階段の途中。
呼び止められて振り返ると、そこには懐かしげに笑う、旧友の顔があった。
「久しぶりだなぁ」と言いながら俺の横に並ぶ。少しも変わらないその態度に戸惑った。

もう20年も前になるのか。俺と植野は、一人の女性を取り合った。
幼馴染の3人組。仲良く手をつないで歩いていた頃から続いていた争いは、
互いに大人になり、働き出し、それなりの蓄えと責任を持つ立場になって真剣なものとなった。
「みぃちゃん」が選んだのは植野。物静かに笑う、優しい植野を、彼女は望んだ。
転勤が決まっていた俺は、みぃちゃんが妊娠したのを聞いた頃に遠くに移った。
何だかんだと転勤による転居を重ねたせいで、植野たちは俺の居場所を見失ったのか、
その後植野家がどうなったのか俺は知らなかった。

「呑んでいかないか?」という植野の誘いを断る理由はどこにもなかった。
適当な呑み屋を選んで、奥の席を陣取る。奴は好物の芋焼酎の水割り、俺はビールを頼む。
「ビールは悪酔いするから」と焼酎なのも変わらないのに笑いそうになった。
「有川、この辺住んでるの?いつ戻ったんだ?」
「いや、今日は営業の帰りだよ。お前は?」
「俺?俺はこの辺だよ。少し行ったところに家を買ったんだ」
「へぇ・・・」
「あと20年くらいローンが残ってる」
そりゃ大変だ、と気の毒がってみる。そういえば、もう50近くなるのに、植野はすっきりと細い。
苦労してるのか。みぃちゃんは案外鬼嫁だったか。
「みぃちゃんは?」
「あぁ・・・死んだよ。胃癌であっさり逝っちまった。
デキの悪い子供を3人も残してな。」
意外だった。
「そうか。・・・何も知らなくて済まなかったな」
「全くだ。連絡したいのに、お前ときたら居場所も教えてくれないんだからな」
「いや、悪かった。転勤ばかりでな、次第におっくうになったんだよ」
「冷たい奴だなぁ」言って、植野は嬉しそうに笑った。俺との再会を本当に喜んでくれてるようで、俺もふつふつと喜びが沸いてくる。

それからは互いに近況をもう少し話した。
植野の子供はみんな男の子。植野はみぃちゃんが亡くなってから3人の子供を一人で育てたらしい。
子供のために残業もほとんどせず休日出勤も断り、部屋数が必要だからと家を売りもしなかった。
ただただ必死で子供を育て、気がついたら長男は大学生、植野自身は再婚もせずに十何年も経っていた。
デキの悪い子供と植野は言ったが、少なくとも長男の大学は俺でも知ってる有名大学だ。
下のちびが今年やっと高校受験だよ、と植野は笑った。
植野に比べて、俺が語れることは極端に少ない。結局この歳まで結婚しなかった俺は、
独身故に気軽に転勤を命じられ、独身故にしっかりした信頼を置いてもらえず、
今でも場合により現場に駆り出されるのが実状。
しかしもう歳も歳なので、会社はやっと今のところに落ち着かせてくれる気になったらしいこと。
俺が独身だと聞いて、植野は少し悲しい顔を見せた。お前のせいじゃない、とはとても言えなかった。
互いに出世コースからは少し外れていて、そんなところでも話は尽きなかった。

すっかり遅くなって、店を追い出される。夜風が酔った体に冷たい。
駅に向かって歩いてゆく。タクシーを拾うつもりでいると、植野が「グミチョコパインして行こう」なんて言い出した。
「なんでいきなりグミチョコパインよ?」
「40年くらい前さあ?美代子の家に誰が早く着くかでやっただろ?
アレ、途中だったからさ」
覚えている。次の日、どっちがみぃちゃんと一緒に登校するかを賭けたのだ。
3人でやり始め、夢中になった俺達はみぃちゃんを置いてけぼりにして泣かしてしまった記憶がある。
「イヤだよ、家に帰るのが遅くなる」
「俺の家に泊まっていけばいい。明日は休みだって言ってたろ?」
植野にしては強引な言い様。そんなにこの再会が嬉しかったのだろうか。
「ゆっくり帰ればいいさ。いくぞ有川ー」
俺より一歩前に出て、目尻の皺を更に深くした植野が振り返る。
植野。植野知ってるか。
20年前も、40年前でさえ、俺が賭けてたのはいつだってお前だったんだ。
みぃちゃんはそれに気づいてたから、お前が好きだったんだよ。
幼い日に諦めたあの賭けを、ここで密かに再開しても構わないだろうか。40年ぶりに。
そばにいられるかどうかだけでいいから。
あれから誰を好きになっても、お前ほどそばにいたい奴はいなかったよ。
くたびれたスーツをくるりと翻して、40年前と変わらない笑顔で植野は「グミ!」と拳を振った。
俺は泣きそうになりながら、ゆっくりと応えて腕を上げた。