よりによってなぜこの上司
よりによってなぜこの部下

 昔の友人達との集まりの帰り、何となく車に乗る気分にならずに久しぶりに電車で帰る事にした。
終電間際の慌ただしい駅の構内をほろ酔いで呑気に歩いていたら、ふと背後から近寄ってきた人物に肩を組まれた。
顔を見合わせたが、知らない男だ…酔っぱらいか?それともやはり知り合い…などと混乱しているうちに、
いつの間にか後ろにも二人、あっさりと人目に付かない場所に誘導されてしまった。
「…おっさん何やってんの?つかマジ何したらこんないいスーツ着れんの。」
「すっげー、俺らどんなに頑張ってもこんなカード一生持てねぇー」
無精髭をはやし目立つアクセサリーを身に付けて体格もそれなりにいい彼らは、
私の鞄を物色しながら些細な事でいちいち笑い声を上げる。
私は…情けない事にただそれを見ていただけだった。私が呆然としていたのは、
もちろん自分がこんな目にあってしまっている事に対してもだったが、なによりも、
彼らのあまりの子供っぽさ―幼い様子に、驚いていた。たぶん三人とも20歳は、
越えているのだろうが…それにしては言動や行動が…。俺が20歳くらいの頃はいくら何でももう少し、
いやしかし端から見ればこんなものだったのだろうか…?
「あー?何これ。」
「あ、君、それはちょっと…」
資料やディスクが雑につっこんである封筒で、いじられたくない。
「なに、重要書類とかってやつ?コレないと怒られちゃったりすんの?」
「ナンテコトシテクレタンダネチミ~とか言われちゃうの?うっわ燃やしてぇ!」
「ライター貸してライター」
私が止めようと身を乗り出した時だった。
いつのまにかそこにいた細身の青年が、封筒を持っていた男の手を掴んだ。
「…テメェ、なん…」
男が言い終わる間もなく、青年の膝が男の横顔を強打し、殴り倒され、腹を踏まれた。
それを見て私を押さえていた一人ともう一人がほとんど同時に彼に飛びかかったようだったが、
…結果的にものの三分で、私に絡んできた三人は彼一人の前に膝を折った。

「どうぞ。」
「ああ…どうもありがとう。」
彼は散らかった中身を几帳面に詰め直して、私に鞄を渡してくれた。
「…あんたちょっと危機管理甘過ぎ。」
「そうだったみたいだ。面目ない、ありがとう。」
私は脱がされた背広の汚れを払って、着直す気になれずに肩にかけた。
「…それにしても、彼らはいつもあんな事をしているんだろうか。」
「は?」
「いや、あんな事を続けていたらそのうち、とんでもない目に遭うだろうに。」
まあ、今日も十分とんでもない目に遭わされていたか。これでこりてくれるといいが。
「…信じらんねぇ、お人好し。」
彼に心底呆れたようにそう言われると、私も自分の呑気さが恥ずかしくなった。
その日、終電はなくなっていたのでタクシーで彼を五反田まで送り、そこで別れた。
家はその付近だと言っていたが、お礼をしたいと言っても連絡先は教えてくれなかったので、お互い二度と会う事はないと思っていた。
月曜日、以前から移動が決まっていた秘書が後任を連れて来るまでは。
「専務、私の大学の後輩だった白河です。こう見えて空手の有段者なんですよ!」

私達はお互いそれはそれは真っ赤になって、相手の顔も直視できなかった。



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最終更新:2011年04月20日 16:45