あの舞台に立ちたかった

スタッフから渡された手紙は、薄っぺらいものだった。
簡素な封筒と、ペラペラの便箋。あいつらしい。
封筒を開けた瞬間、ふわりとあいつの匂いがした気がして、顔をしかめる。
俺は、深呼吸をして、折りたたまれた便箋を開いた。

「初舞台、成功おめでとう。
 お前が憧れた舞台に立ったこと、誰よりも嬉しく思う。
 またいつか、お前が、俺を許してくれた時、連絡くれ」

封筒や便箋に負けないほどの、簡素な言葉。
あの時と同じような、身勝手で一方的な言葉。そして最後に書かれた連絡先。
俺は、その手紙を破り捨てた。
何がおめでとう、だ。何が誰よりも嬉しく思う、だ。嘘つきめ。
本当は、もっと早くできていたことだ。お前が、置手紙一つで、黙って俺の前から
姿を消さなければ、10年は早くこの舞台に立っていたのだ。
それを、何だと思ってるんだ。許せるわけがない。
だいたい今更会って、どんな関係になる気なんだ。友達か? 友達なんて、戻れると
思っているのか。
腹立ちまぎれに、細かくちぎった便箋を、ゴミ箱にたたきつけると、ようやく怒りが少し
収まってきた。今更ながら、未練がましくあいつのことで激昂する自分に、腹が立つ。
…いや、自分の気持ちが分かりすぎているから、怒ることしかできない。
10年前の俺の夢は、確かにあの舞台に立つことだった。
しかし、自分一人でじゃない。あいつと一緒に、あの舞台に立ちたかった。

…もし、手紙に、あいつの言葉で。
「一緒に、あの舞台に立ちたかった」と書いていてくれていれば。
謝罪の言葉が、一言でもあったら。
俺は、あいつとまた会える気がしたんだろうか。
俺はタバコに火をつけて、胸に浮かんだ疑問を、空中に煙と一緒に吐き出した。
あの時、勝手に姿を消したのはお前だが、追わなかったのは俺。
もうこれ以上、この関係は変わることは無い。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年04月18日 04:47