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人事部

「青山、この前やめた佐藤さんの社員番号わかるか?」
「032580。でも職変されましたからね、採用の時の書類をご覧になりたいなら010047ですよ。ちなみにご入社は昭和55年前後」
「ありがとう、しかし相変わらずすごいなお前は…」
4月に人事課へ配属された青山は、たった半年で『歩く社員名簿』と呼ばれるまでに至った。
5000人近い社員の顔と名前を覚えており、その記憶力は異常なまでの精度を誇っていたのだ。
俺が採用課で初めて選考に関わった新入社員。絶対に光るものがあると感じていたから、内々定後も策を講じて逃がさなかった。
その青山がこうして能力を発揮し、評価されていることは、俺にとっては何よりも喜ばしいことだった。
「ちなみに高山さんの社番は063315、お誕生日はあと125日後、ご自宅の番号は03-5425-XXXX、この秋の身長体重が175cm56kgでまたお痩せになったのに、コレステロール値だけが少しあがって…」
「だー!なんで俺の情報そんな事細かに覚えてるんだ!!」
「お慕いした人の情報は漏らさず知りたいのが人の性ではありませんか?」
人事部の人間のみが入ることを許された資料室で、人事システムに向かっていた青山がスッと立ち上がった。
最奥のキャビネットにいる俺の方へ足音もたてずに近づいてくる。
「あなたが私を欲しいと言ってくれたから、今私はここにいるんです」
「それは俺も嬉しい限りだが…」
「採用課のエースにあれほど口説かれれば、誰でも舞い上がる」
「もう採用課の人間じゃないがな」
「そう、入社した後まで、こんな風に教育してくれるなんて」
人材育成課主任、と、いつの間にか資料に向かう俺の背後まで近づいた青山が、耳元に口を寄せて呟いた。
ゾワっとした感覚が背中に走るのを必死で隠し、平然と腰に回された腕をあしらう。
「仕事中に上司をからかう方法を教えたつもりはないがね」
「心外ですね、からかってなんかいません」
真剣なんですよ?
そう呟いた青山の顔を横目で見やれば、眼鏡の奥に完全武装した男の眼差しと、綺麗に曲線を描く口元が笑っている。
人事部の人間が持つ仮面をこの男は生まれながらに身につけていたのだろうか。
後輩の優秀さを頼もしく感じながら、逃げ道を塞ぐ青山のテリトリーをスッと抜け出す。
「60点。そんなんじゃ百戦錬磨の営業課長には太刀打ちできないぞ」
ハッと見開かれた目が、一瞬おいた後、楽しそうに細められた。
精進します、と笑う青山の声を背に受けながら、俺は資料室を後にした。