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雨に濡れて

「イヤだ、イヤだ……諦められない」
 人気のない屋上には、梅雨の走りの雨が降りこめていた。跳ね返ったしぶきが煙のように視界を曇らせる。
 後ろから追いついて抱きかかえるようにした風間の腕を振り払おうと、駄々をこねる子どものような仕種で朝比奈がもがく。
「絶対に行かせない」
 風間はあらんかぎりの力をこめて、柵のほうへにじり寄ろうとする朝比奈の動きを封じんとする。
「どうして!!」
 濡れた黒髪を振り乱して朝比奈が絶叫した。
「あんたに関係ないだろ!? 離せ、離してよ!」
「嫌だ、離さない」
 見舞いに来た風間が居合わせたことは幸運だった。朝比奈は、医師からなんらかの宣告を受けたらしく完全に自暴自棄になっている。
「あんたに何が分かる!」
 暴れる朝比奈の指が風間の頬をかすって、爪が皮膚を裂く。鋭い痛み。手の甲でこすると血が滲んでいた。
 舌打ちして風間は、朝比奈の身体を地面から抱えあげる。
「な…! にすんだ! 下ろせよ!」
 脚をばたつかせる朝比奈を、反動をつけすぎないよう受け身を取れるよう注意して床に転がす。 背中を地面につけて目を丸くして見上げている朝比奈の腹に跨ると、風間はその頬を平手で張った。ぱん、と小気味よい音が響く。
「確かに俺には何も分かってないかもしれねーよ」
 茫然と自分を見上げる朝比奈に、抑えようとしても抑えきれずに震える声で風間は告げる。
「けど、けどなあ、……っ」
 それ以上はもう、言葉にならなかった。
 朝比奈の胸に、風間は顔を伏せる。雨に濡れて肌に貼りついたシャツの下であたたかい心臓がことり、ことり、と動いている。
 それがすべてだ。それだけでいいんだ。