理不尽なわがまま

薄暗い病室のベッドに、叔父さんは横たわっていた。
もう、ろくに身体を起き上げる事も出来ないらしく、
入り口に突っ立ったままの俺を、弱弱しい手つきで何とか手招きする。
「何だよ、幽霊みたいな顔しやがって」
どっちがだ、と言いたくなる。
自分こそ、見てるこっちが辛くなるくらいに顔面青白くしてるくせに。
俺の好きだった綺麗な長髪が無惨に抜け落ちて、頬もげっそりとこけている。
数ヶ月前とはまるで別人みたいで、俺は思わず息を呑んだ。
「叔父、さん……?」
「おう。何だ?そんなに変わっちまったかよ?」
その口調はいつもの軽快なそれと同じで、けれどそれが逆に空しさを漂わせている。
「変わりすぎだよ、ボロボロじゃ、な……」
普段と変わらぬ憎まれ口を叩こうとして、その声が震えているのに気付く。
駄目だ。泣いちゃいけない。叔父さんを心配させちゃいけない。
そう分かっているのに、喉をしゃくりあげるのは止まらない。
唇を前歯で噛んで震えを無理に押しとどめようとするのに、それは一向に止んでくれなかった。
「父さんが……中々、ここ教えてくれなくて…」
「ああ、アニキならそうすんだろうなぁ」
親族一同から厄介者扱いされていた、風来坊の叔父さん。
それでも、俺にとっては無二の存在だった、誰よりも尊敬する大切な人。
「ねえ、叔父さん」
俺は、眼前の枯れ木みたいな身体をした彼に縋るような目つきで願った。
「俺より先に死なないで」
その願いに叔父さんは一瞬表情を固めると、すぐさま飄々とした態度に戻った。
重い腕を無理矢理持ち上げて、ベッドサイドの俺へと伸ばす。
かさつく指先で俺の頬を撫で上げながら、叔父さんは薄く笑った。
「馬鹿。俺みたいなおっさんが、お前より長生きしてどうすんだ」
「だ、って……」
「我侭言うなよ、なぁ」
困ったような顔でそう口にした叔父さんの、茶色がかった瞳が俺を射抜いた。

……理不尽な我侭ばかり言って、ごめん。
いつもいつも、こうやって困らせて、ごめん。
でも我侭を言うのはこれで最後にするから、今回だけは、せめて許して。
だって俺、叔父さんのことが好きだから。



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最終更新:2011年04月18日 01:09