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時代劇の主役×斬られ役で

 あの人の綺麗な顔が間近に迫ってくるあの瞬間、俺は息が止まり
そうになる。

「おつかれさまー」
「ご苦労様です」
 収録後の現場にはいつもこんな声がこだまする。俺はそんな声を
聞き流しながら、スタジオの裏にある自販機へと急いだ。。まったく、
なんで和服ってのはこんなに暑苦しいんだ。……それでも、俺は
この仕事はそんなに嫌いじゃない。
 俺は今、とある時代劇に出演している。……って言っても、俺みたい
に名前の売れてない俳優が目立つ役なんかに起用されるわけなく、い
わゆる「斬られ役」という超脇役で出演させてっもらっているわけだ。
「……ふう」
 スタジオを出た瞬間、それまでこらえていた汗がどっと噴き出した。
俺は着物の袖で乱暴に顔の汗をぬぐってから自販機に近づき、小銭を
入れて、ペットボトル入りのスポーツドリンクのボタンを押した。取り出
し口に落ちてきたスポーツドリンクを素早く手にとり、すぐに口に運ぶ。
「ぷはーっ!うまい!」
 口の中に気持ちいい冷たさが広がる。生き返った、なんて呟いてから
またドリンクを口に入れる。

「ふー……」
「おつかれさま」
 ペットボトルの中のドリンクをほとんど飲み切った頃、後ろから急に声
をかけられた。涼やかな落ち着いた声に驚きながら振り返って、俺は更
に驚いた。
「ま、前田さん!」
 俺に声をかけてくれたのは、この時代劇の主演俳優の前田さんだった。
もちろん、俺みたいな駆けだしなんか足元にも及ばないくらいの大物俳優だ。
「おつかれさま。時代劇って疲れるよね。殺陣のシーンとか多いし」
「そ、そうですね……」
 色素の薄い前田さんの目を見られず、俺は俯いて答えた。
「君、向井くんだよね。いつも斬っちゃってごめんね」
「えっ?何で俺の名前……」
 笑いながら言った前田さんに俺は尋ねた。斬られ役はたくさんいるのに、何
で俺なんかのことをちゃんと覚えてくれているんだろう。
「ああ。君の斬られるときの演技がとても上手かったから、名前を調べたんだ。
俺に剣をつきつけられたときの表情とか、追い詰められた感じがこっちにまで
伝わってくるよ」
「……」
 にっこり笑って俺の演技をほめてくれる前田さんの視線が、俺には眩し過ぎた。
だって、俺が追い詰められたような顔をしてるのは、演技してるからじゃないん
だ。前田さんの凛とした表情や、しっかりと剣をにぎりしめた大きいけど綺麗な
手や、引き締まった口元に目を奪われているだけなんだから。
「君は、きっと伸びるよ。いつか、もっと大きな役で共演できたらいいね」
 前田さんはそう言うと、じゃあね、と去っていった。
 さっき見せた柔らかい笑顔は、演技をしているときの凛とした顔より、ずっと俺
を追い詰めていた。