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スクーター

「あーうるせぇ・・・・」
この時間決まって聞こえるエンジン音。

俺の住むアパートの空き部屋が埋まった。
俺の”お隣さん”となった男は髪こそ金髪だが背の低い華奢な奴で、
その上猫背で、一見すると地味な男だった。
いやこの様子は・・・あれか?アキバ系ってやつか?!
まぁなんにせよ、それが引越し初日挨拶に来た男の印象だった。

「うるせぇ・・・・」
俺はこの日二回目となる言葉を呟いた。
通称「アキバ系地味男」は引越し初日の深夜にはその被っていた猫を脱いだ。
深夜バイトなのだろう。
男はスクーターに乗って出かける。
それはいい。
だが問題はスクーターだ!
何をどうしたらそんな音が出るんだ!!
もともとバイク関係に疎い俺はそれが普通なのか改造なのかさえ判断がつかない。
ただ、う る さ い。
しかも出かけるまで何分も掛けっぱなしなのだ!
これを男は毎週月曜から金曜の深夜に繰り返す。
部屋を出るときは音すらたてない男の、エンジン音の存在感たるやっ・・・!
規則正しい生活を乱された俺は幾度となくコメカミに青筋が浮く感覚を覚えた。

「いらっしゃいませー。」
まさか急にコンビニの肉まんが食べたくなるとは・・・
今日すれ違った女子高生たちがおいしそうに肉まん食べてたからだな。
俺は自炊派だけど・・・たまには悪くない。
「すいません、肉まん1つ・・・」
「はい。」
と店員が返事をしたとき、
「すいません、やっぱ2つにしてくださーい。」
「は?」
俺が振り返るとそこにはあの「アキバ系地味男」が・・・
彼は俺の横に並ぶともう一度、
「肉まん2つに。」
と言った。
店員は俺と彼の顔を見ると、ああ知り合いなのね、という顔で2つ目の肉まんを紙に包んだ。
「アキバ系地味男」から「アキバ系変人地味男」に通称を変えた彼は
変人の行動を理解しかねて唖然呆然としている俺をよそに会計を済ませ、
ほかほかの肉まんが2つ入ったビニールを受け取って自動ドアへ歩き出した。
俺はどんなに考えても言葉が出て来ず、彼と彼の手に下がる肉まんについてった。
「いやぁ、ごめん2つ頼んじゃってさ~。」
自動ドアを出たところで彼が口をついた。
「俺も食べたかったんだよね~。並ぶのめんどくさいから一緒に頼んじゃったっ。」
ぺらぺらと喋りながら彼はスクーターのキーをポケットから取り出した。
「あ、あのさ・・・・」
「ん~?」
のん気な返事だ。
「こんなこと言うのなんだけど、俺たちってあんま話したことないっつか・・・」
「あー・・・まぁいいじゃん、お隣りさんのよしみで!乗んなよ。」
コンビニからもれる明かりで彼のスクーターが白いのだと、俺はこの時はじめて知った。
かなり使ってるのか、はたまた擦ったのか、小さなキズも見える。
「や、でもメット1個しかないじゃん・・・」
「こっからアパートまでじゃん、大丈夫だって。あんた被って後ろ乗って。」
スクーターに跨りながら彼がメットを渡した。
そしてエンジンを掛ける。
う、うるせぇっっ・・・!!
そのジリジリとした形容しがたい音に肉まんを諦めて断りたい気持ちになった。
が、変人なれどお隣さん、これからもお隣り付き合いしてく上で気まずくなることは避けたい!
ようやく回りだした頭が一瞬にして答えを出した。
「おじゃまします・・・」
ぼそっと呟いた俺に、にっこり笑ってうん、と彼が満足そうに頷いた。

夜の道路は閑散としている。
心地良いとは全く言えないエンジン音を鳴らすスクーター。
その音が静まり返った街に響いている。
人に迷惑をかけているという罪悪感と、
ノーヘルの男と2人乗りして、まるで子供な不良が自慢しそうなちょっとした優越感。
こんな世界も・・・なかなか悪くない。

その後、彼の少しキズの付いた白いスクーターの横に
真新しいピカピカの黒いスクーターが仲良く並ぶことになるのだが、
それはまだ先の話だ。