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入学式で

あの日のことは、今でもよく覚えている。
桜が満開で、空が青く澄んでいて、本当に、よくできたドラマのような、きれいな一日だった。
母さんと並んで校門をくぐり、中学の頃の友達を見つけては、新しい制服の感想の言い合いをして。
親と別れてクラス発表の掲示に一喜一憂し、体育館で担任の先生からその日の予定を聞かされる。

そして僕はその日、運命のひとに出会った。

入学式を終えて教室に行って、僕は、同じクラスになった友達と昨日見たテレビ番組の
ことなんかを話して過ごしていた。
ときどき声を潜めて、教室内のかわいい女の子について論議しあったりもしながら。
会話が一旦途切れたところで、僕は何気なく辺りを見渡した。
僕たちと同じように、昔なじみでグループになってはしゃいでいる連中と、もしくはそのどこにも
入れずに、ひとりでぼんやりとしている数人の生徒。

かれもまた、誰と騒ぎ立てることもなく、ただぼうっと黒板を眺めていた。
僕の目は、吸い寄せられるように、かれに視線をあわせたままぴたりと止まってしまった。
時々あくびをしたり、新調したばかりの学生服のそでを見つめてみたり、
机の上に置かれたままのかばんに、手を乗せてみたり。
指先のちょっとした動きまで、かれの全てが、何だか奇妙に新鮮だった。
「あれ三波、どしたの?」
「ん、ちょっと」
席を立って、そいつの机のとこへ行く。ただ愛想を振り向くだけのつもりで。

「ね、どこの中学?」「第三中」
「へー、珍しいね。おれ北中だよ」「ふうん」
ちょっと無愛想なやつ。変わったやつ。そんな第一印象だった。
「名前、何て言うの」
そいつは少し黙って、顔を上げて僕の目をまっすぐに見つめてきた。ちょっとどきりと
したのは、多分勘違いじゃなかったと思う。
かれの目は大きくて、そして少し薄い色をしていた。
「芹沢」
「芹沢ね。おれ三波。よろしく」
「……うん」
そうして芹沢ははにかんで、ちょっと照れたように頷いた。
「おうい三波、そろそろ席着かないと先生来るぜー」
「わかったー」
たったそれだけ。それだけを話して、僕はかれのところから離れていった。

あのときはまだ、それから先のことなんて知りもしなかった。
嬉しいことも、楽しいことも、切ないことも、苦しいことも、悲しいことも。
沢山、たくさん待っていたのだけれど。――それはまた、別のお話だ。