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打ち上げ花火×線香花火

カランカランと、夕暮れ時に下駄の音を響かせます。
八幡様の石段を駆け上がり、幾つも鳥居をくぐり抜け、
境内を巡り、浴衣の裾を翻し、本殿の脇に小さく
設けられた、お狐さんのお堂の裏をひょいと覗くと、
うなだれた黒い頭が目に飛び込みました。ぐずぐずと
した水っぽい鼻の音、それに合わせるわけでもなく、
線香の白い煙がゆるゆる昇り、ちんまり盛られた
土饅頭に手を擦り合せて拝んでいる花太郎と、いきせき
切って彼を探した、火之助の着物を抹香臭く染め抜きます。
「カマ助が、死んじゃったんだよう」と、花太郎は声を震わせ
ました。何やら不穏な命名ですが、大方カマ助とは
カマキリのことでしょう。
小さな虫が大好きで、地面に屈みこんでは愛おしげに
それらを眺め、「いつ見てもうなだれて、まあ、年中
線香花火つけてるみたいな子だよ」と大人から笑われる
始末で、可愛がっていた虫が死ぬとぐずぐずべそをかき、
出会った場所に墓を作ってはまた死なれる、
全く懲りない花太郎でありました。

花太郎の目は赤く腫れています。たった今まで、随分と
泣いたのでしょう。火之助は慣れたもので、巾着袋から
真新しい手ぬぐいを取り出し、惜しげもなくべそをぐいぐい
拭ってやります。「たかだか小虫にそこまで泣いてやるのは
お前くらいなもんだよ」と、腕を引っぱって立たせ、膝の土を
払いました。と、どおん、と太鼓を打つような大きな音が
響きます。
「ああ、始まっちまった」頭を掻く火之助の頭上でまた一つ
空に花が咲き、花太郎は目を擦りました。
「ごめんね、僕を探してくれてたせいで、間に合わなくなっちゃった」
「いいさ。ほんとは、ここからの方が眺めはいいんだ」
遥か洋上の船の上から、次々と花火は昇っていきます。
港の町の、夏の宴の始まりでありました。
鮮烈な光が花太郎の顔に濃い影を浮かばせ、
火之助はそっと彼の手を握ります。そう、地面の上で虫を
追う君も好きだけど、今夜ばかりは、それではつまらない。
打ち上げ花火は天を仰いで見つめるものです。
金の光が瞬き、花太郎の濡れた瞳にわずか、星が宿ります。
そうして二人して、ゆっくりと濃くなる夕闇の中、一緒に空を
見上げておりました。涙はもう、零れ落ちることはないでしょう。