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お前なんか大嫌いだ

春日亨は出来た男だった。
成績優秀、顔も良ければ社交性もある。
ギターが弾けたり、ダーツが得意だったりもする。
「俺はなぁ、お前みたいな男は気に食わないんだよ」
「オレは佐々木さん好きなんだけどなぁ」
――おまけに悪意や皮肉を受け流すのも得意と来ている。
この同じゼミの後輩は、まったく出来た男なのだ。

俺たちはいつものように喫煙所で煙をふかしていた。
この男と一緒にいるのは癪だが、学内で煙草を吸える場所は限られている。
「オレのどんなとこが嫌いなんですか」
「顔が良くて頭が良くて要領が良くてモテること」
「モテると思います?」
「思うっていうか、現在進行形でモテてんじゃねぇか」
ゼミの女の子は全員春日を好意的に見ていたし、うち3人は本気で春日に恋していた。
そのうち1人は俺が狙っていた女の子だった。まったく頭にくる。
「好きな人からモテないと意味ないじゃないですか」
鼻にかけない上に、いかにも誠実な発言。
「そういうことがむかつくんだよ」
「佐々木さんって子供みたいっすね」
「あぁ?」
春日が反論するなんて滅多にないことだから、ムキになって語調が荒くなってしまった。
俯いてマフラーに顔の半分をつっこんでいるので、春日の表情は読めない。
「ないものねだり」
くぐもった声に、痛いところを突かれた。
男としてのプライド、年長者としてのプライドを打ち砕かれた気分だ。
「……お前にはないものなんてねぇからわかんねんだよ」
「あんたにだってオレのことなんてわからない」
どうしたんだ春日、普段のお前なら笑って俺の僻み話なんて受け流すじゃないか。
本当はそう問いたかったが、口から出てきたのは「あんたって言うな」というくだらない言葉だった。
春日はずいぶん灰の部分が長くなった煙草をもみ消し、校舎の方に歩き出した。
後を追う気にもなれず、俺はもう一本吸ってから授業に出ることにした。
おかげで10分遅刻し、厳格な教授に睨まれる羽目になった。

その夜、バイト先の小さな居酒屋に春日が現れた。
以前もゼミ生たちが面白がって見に来たことがあったが、今日は1人だった。
気が乗らないまま注文を取りにいくと、春日は囁くほどの声で尋ねてきた。
「今日何時までですか」
「2時までだけど」
「じゃあそれまで飲んで待ってます」
「あっそ」
春日はケンカの気まずさなど気にしていないようだが、俺は次の日まで引きずる面倒なタイプだ。
つい返答もぶっきらぼうなものになる。
悔しいが、人間としての器の差を認めざるを得ない。
春日はホタテとほっけをつまみにして黙々と1人酒を飲んでいた。
途中何度もメールの受信音が聞こえたが、横目でうかがっても春日が携帯を開く様子はなかった。

「お疲れ様です」
店を出ると、すぐに春日に声をかけられた。
「お前、何しにきたの」
「謝ろうと思って」
春日の表情は柔らかい。そのことに安堵する自分が嫌だった。
「今日やつあたりしちゃってすみませんでした」
深々と頭を下げられた。
こう素直に謝罪されては、拗ねてるわけにもいかないだろう。
「いや、むしろ俺もやつあたりしてたし」
「許してもらえます?」
春日が握手をもとめて右手を差し出したので、仕方なくその手を取った。
「良かったぁ……」
思ったより強く手を握られて、俺は少し顔をゆがめた。
「オレね、本当に佐々木さんが好きなんですよ」
「はっ、ホモかよ」
「結構そうかも」
予想外の返事に、返す言葉が見つからなかった。
「泥臭いとこを繕わないとことか、文句言っても実は正当に評価してくれるとことか、
あと弱音吐くけど全然あきらめないとことか、全部オレの逆だから尊敬してるんです」
「尊敬だけにしとけよ」
「でもオレ、佐々木さんの顔も好きなんです。吊り目の奥二重ってツボで」
「やめろよ」
「佐々木さんで勃起するし」
「やめろって!」
貞操の危機を感じた俺は、つながれた手を振り払った。
「だからね、あんたにオレの気持ちなんてわかんないって言ったんです」
見ると春日はひどく傷ついたような顔をしていた。
あの時マフラーの中に隠されていたのは、この顔だったのだ。
「オレだってほしいものはあるのに……」
嘘だろ、止めろよ、冗談じゃない。
春日の彫りの深い印象的な瞳が潤み、みるみるうちに涙が溜まっていくのが見えた。
お前が泣いてどうすんだ、春日亨は出来がよくて、とてつもなくタフで、むかつくほどモテる男じゃないか。
何を血迷ったか、俺は動揺のあまりとんでもない行動に出てしまった。
泣き出す寸前の春日を抱きしめたのだ。
「佐々木さん?」
「泣くんじゃねぇよ」
戸惑いながら自分より高いところにある春日の頭に腕を回すと、春日は額を俺の肩に押し付け、その両手を俺の背中に回した。
きつく抱かれて息が詰まる。
涙目のままの春日にキスされた時も、自分が何をしてるか、されているのか、混乱していてよくわからなかった。
それでも、俺はもう春日の腕を払うことはしなかった。

結局その日から、俺と春日は恋人と呼ばれるような関係になった。
良い店に案内してくれたり、しんどい時には美味しいコーヒーを淹れてくれたりと、春日は恋人としても出来た男だった。
ある時、からかうつもりで最初の夜のことを持ち出した。
「お前さ、あの時だけは可愛かったよな。泣いちゃってさぁ」
春日は照れる様子もなく、爽やかに笑っていた。
「あれは本当に可愛かったのは佐々木さんなんですよ」
「どういう意味だよ」
「あんな古典的な泣き落としにひっかかっちゃったじゃないですか」
しゃあしゃあと言われて、唾を吐きたくなった。
「困った顔して、ぎゅってしてくれましたよねぇ」
「……やっぱお前なんか大嫌いだ」
「オレは佐々木さんが大好きです」
無駄にいい笑顔しやがって。
最高にむかつくが、今の俺はこの出来た男を愛しいと思ってしまうのだった。