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左翼×右翼

後半に残虐+グロ描写があるので注意してください。

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ずっと、どこかで会ったことがあると思っていた。

その男とは、挨拶をする程度の仲だった。
特に趣味というものを持たない俺は、週末の暇を図書館で潰すのが常で、
数年前から隣町まで足を伸ばして、少し大きな公立図書館に通っていた。
男はそこの司書をしている。
毎週末通ううちに、お互い顔を覚えてしまい挨拶を交わすようになったのだが、
先日、駅前で偶然出会い、立ち話をするも不思議と話が尽きず、そのまま飲みに行った。
気の合う相手というのは、時間をかけずとも分かるもので、男がまさにそれであった。
物腰が柔らかく、おっとりとして見えたが、実はずいぶん芯のしっかりした性格で、
そんなところも気に入った。

驚いたことに、十は下だと思っていた男は、自分とそう変わらない年齢で、今年五十になると言う。
若く見えるだけでなく、たいそう整った顔もしていて、館の職員はもとより近所の主婦にも人気があった。
「噂を聞かない日はないですよ」
と言うと、
「こんな歳まで一人身でいる男の私生活が気になるだけですよ」
そう自嘲気味に答えた。
確かに、噂の仲にはひどく下世話なものもあり、俺はそれを思い出したのだが口にはしなかった。

そうして俺たちは、お互いの仕事帰りに落ち合って飲みに行ったり、図書館の休憩時に昼食を共にしたりと、
頻繁に会うようになっていた。
暇を潰しだった図書館も、いつのまにか男に会うのが目的に変わっていて、俺は少々照れくさかった。
男といると何故かとても懐かしい気持ちになり、心がむず痒くなるのだ。
何か大切なものを忘れているから思い出せと、急かすものがあるようで。
初めて見たときから、どこかで会ったことがあると思っていて、しかし、あまりに直感的すぎて、未だに言えずにいる。

あるとき、男が返却された本を棚へ仕舞うのを見ていると、襟首に黄色い紙切れが付いているのに気付いた。
俺は、読んでいた本を閉じて背後に近寄り、
「ちょっと下を向いてください」
と肩をつついた。
「え?」
「上着、クリーニングに出したでしょう」
そう笑いながら言うと、男は恥ずかしそうに頭を垂れた。
クイッと軽く襟を引くことで、俺は男のうなじを見ることとなる。

全身を電気が走り抜けたような衝撃に、息をすることもできなくなった。
ずっと、どこかで会ったことがあると……。
ほの白く、皮膚が突っ張ったように盛り上がった楕円形の傷痕。
その位置、形、何よりその首筋に、忘れていた記憶が蘇ってくる。


降り止まない雨の音。
ベニヤが打ち付けられた窓。
締め切った火薬臭い部屋の蒸し暑さ。
響く呻き声と、荒い息遣い。

それはまだ、大学がバリケードで囲まれていた頃の話だ。
机や椅子、はてはロッカーまでが高く積まれ、人一人がやっと通れる通路を
壁に肩を擦り付けながら抜ける学生会館の階段。
その先に俺たちの溜まり場はあった。
大学に入りたての時分、時代と周囲に流されて俺はそこにいた。
しかし、元来の負けず嫌いが援けて、バリケードの内側で夢中で本を読んだ。
マルクスはもちろんサルトルやカミュ、キルケゴール、カント、デカルト…
後にも先にもこれほどたくさんの本に、思想に触れたことはない。
そして一年も経たないうちに俺は、一端の新左翼学生となっていた。

当時、学生運動は全学連の細分化が進み、党派闘争へと発展しつつあった。
ノンセクトラジカルである俺たちは、セクト間の対立を一歩ひいたところから見ていたものの、
このまま運動を続けていくのには、いずれどこかに身を寄せなければならないのだろうと気付いていた。
そんな変革にあって皆、苛立ちを隠せずにいたとき、
一人の学生が持ちかけた、それは糾弾という名の下に行うリンチ計画だった。
学生の中に、公安のスパイがいると、そいつはいった。
数日前に、懇意にしていたセクトの幹部が逮捕されたばかりだったので、仲間は皆、その話に食いつく。
俺は正直あまり乗り気ではなかったのだが、実際、スパイだとして連れられて来られた学生を見て、
その場から立ち去るどころか、動くこともできなくなってしまうのだ。

学生は、必死に無実を訴えていが、浅はかにも自ら明かした父親が公安幹部という情報だけで、
糾弾するに充分な材料となった。
後ろ手に縛られ、抵抗して殴られたのか、既に口の端が切れて血が滲んでいる。
男にしては白すぎる肌に、血の赤がひどく艶かしく見え、俺は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
血のせいだけではない。その青年は一種独得の色気を持っていた。他人の加虐欲を刺激する色香だ。
隣にいた仲間が、俺と同じように喉を鳴らしたのがわかった。
先ほどまでの詰問はどこへか消え、皆一様に押し黙っている。
どのくらいその状態が続いてからか、誰かが振り切るように、青年の腹部を蹴り上げた。
するとそれが何かの合図であったかのように、次々と暴力が加えられていく。
リンチが始まると、青年は一切の弁明をあきらめたのか、助けを求めることさえしなくなった。
ただ小さく呻く声が時折聞こえ、その声に俺は、俺たちは、異常なほどに興奮を覚えたのだ。
俺たちもまた、誰一人として言葉を発せず、部屋は異様な空間となっていた。

青年は、血を流せば流すほどに艶かしく変貌していく。
ベニヤが打ち付けてある窓の隙間からわずかに光が入って、その姿態を見せ付ける。
締め切った部屋は、蒸し暑く、汗と火薬と血の臭いが混じり合い、男たちから思考を奪った。
誰が最初だったかわからない。いつの間にか、暴力は性的なものへ移行していた。
俺もまた、未だかつて経験したことのない、猛烈な加虐欲と性欲に支配され、青年を犯した。
静かだった。
行為は激しく、凄惨さを極めているのに、俺は静寂のなかにいた。
雨の音が聞こえていた。
入梅の記事を読んだのは今朝。
これからしばらく雨は降り続くだろう。
そんなことを考えていた。

青年の身体が自分の動きにあわせて揺れるのをぼんやりと見ていたら、
いつのまにか、そのうなじに噛み付いていた。
犬や猫が交尾の際するのと同じように、首筋に噛み付き、動きを抑えた。
そしてそのまま噛み千切る。
初めて、青年が叫び声をあげた。
鮮血が流れ落ち、コンクリートの床にパタパタと音を立てる。
その瞬間、俺は青年の内で果てたのだ。
彼の血肉を味わいながら…。


あのときの状態を、後から説明しようとしてもどうにもうまくいかない。
男に欲情したのも、加虐欲を感じたのも、それきりだ。
俺たちはその後、衰退する学生運動から遠のき、散り散りとなった。
社会に出てから何度か顔を合せることもあったが、あの日のことは一切口に出さなかった。
もちろん、青年の行方も、俺は、名前すら知らなかったのだった。


盛り上がった傷痕に、指先を触れさせる。
男の身体がわずかにこわばった気がする。

俺の口の中に、血の味が広がった。