※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

背の高いひまわり

風がキツい。
思わずかぶっていたヅラを抑えた。
隣にいる後輩は、俺よりワンテンポタイミングが遅れたためか、ヅラを飛ばされて慌てている。
「ドジだな」
思わずボソッと言うと、後輩はヅラを追いかけながら、こっちを軽くにらんできた。
ちょっとふきだしてしまう。子供かよ。
「田中さーん。ちょっとマイクに風の音が入っちゃうんで、収録中断しまーす」
マネージャーの声が聞こえた。
何だよ。坊主のヅラかぶって、ツギがあたったようなTシャツや半ズボンはいた間抜けな格好の
俺らに、何時間待てって言うんだ。
「まぁこんだけ風が強かったら、しゃぁないですねぇ。声聞こえないですもん。
 どっかで茶でも飲みながら待ちましょか」
ふと、影がさしたと思ったら、ほこりだらけのヅラを右手に持って、後輩が俺の背後に立っていた。
そのデカい図体が作り出す陰と、逆光で見えない顔に、ふと懐かしい映像が頭の中でよみがえる。
―――大丈夫か? お前、俺に黙って無理すんなよ…。
「…あれ? どうしたんですか。苦い顔して」
俺は、思わず後輩の影の下から、逃げた。そして、そこから離れるために、歩き出した。
追いかけてくる後輩の声は、無視した。しばらくしたら、俺が相手をしないと分かったのか、
離れていく雰囲気が背中に伝わる。
「収録はじまりそうになったら、出てくるわ」
俺は、マネージャーにそう言って、撮影現場から離れているバンに戻った。


それは数年前。まだ俺が、ピン芸人ではなく、コンビとして活動していた頃。
社長が俺たちのファンだという会社から、コマーシャルの仕事が、舞い込んできた。
俺と相方は、はじめてのデカい仕事にテンションあがって、何時間も前から準備をして。
地元でも有名な、一面ひまわりが咲いている畑に、二人で立っていた。
暑かった。確か、その年の最高温度を記録した日だった。
朝早く起きていた俺は、長時間続く撮影に、吐き気がするほど疲れていた。しかし、こんな
大きな仕事で失敗したら、芸能界の仕事無くなる、と思っていた俺は、我慢していた。
そして何テイク目かの撮りなおしの時、俺の足元がふらついた。と思ったら、倒れていた。
今でも覚えている。
ただでさえ背の低い俺は、たくさんのひまわりに見下ろされていて。
相方は、そんなひまわりと一緒に、俺を見下ろしていて。
スタッフの誰よりも心配した、情けない声を出していた。
たくさんのひまわりと、逆光で見えない、相方の顔。
あの時、心配そうに俺をなでる相方の手で、相方がどういう思いで俺を見ていたのか、
俺は気づいたはずなのに。

過去の思い出を頭の隅に押し込めて、俺はタバコに火をつけた。
……嫌なこと、思い出したわ……。
俺は、車の中から、窓の向こうに広がるひまわり畑に煙を吐いた。
もう相方が、相方じゃなくなってから何年も経つのに、俺はまだ相方のことをひきずっている。
何度か煙を吐いていると、心の中にわだかまっていた思い出が、次から次へと出てきて、
さらに重い気分になった。どうして俺はあの時―――

「田中さーん、見てくださいコレぇ!」
いきなり、バンのドアを開けて、騒々しく入ってくる後輩の声がした。
驚いてそちらに目をやると、大きな大きなまっ黄色の花が、俺の目に飛び込んできた。
目を刺すような黄色。
「お前…どしたん、それ」
「近所の人がくれたんですよ。これ、田中さんにも半分あげますわあ」
「いや、いらんし…邪魔やし…」
後輩は、俺の言葉を聞かずに、腕いっぱいのひまわりの花を、俺にドサリと渡した。
茎のチクチクした毛が、俺の腕を刺す。
「ほんま、いらんし」
バンの座席が、ひまわりで埋まって狭くなるのが嫌で、俺は後輩に返そうとした。
しかし、後輩は自分もひまわりを持ったまま、受け取りを拒否する。
そして満面の笑みでこう言った。
「いや、種ってかわかして食べたら、美味いって言うじゃないですか。ツマミにして、
 今日の打ち上げで一緒に食べましょうよ!」
「はぁ!?」
俺は、思わず持っているひまわりを見た。
確かに、黄色い花の真ん中には、種がいっぱいつまっている。
しかしこれは、売っているツマミ用のヒマワリの種よりも、もっと硬くて苦そうで…。
俺は、思わずふきだしてしまった。
「? 何笑っとんですか? 俺、おかしなこと言いました?」
「いや、ええねん。気にすんな。そやなぁ、食べれたらええなぁ」
後輩の本気で不思議そうな顔に、俺は笑いが止まらなくなってしまった。
茶色い種を見ていると、目の前にあるひまわりの黄色が、妙に優しく見え出す。
思い出の中にあるひまわりの色は、俺を責めるような、目を刺す色だったのに。
「…下から見上げてたら、ちゃんとした色なんて、分からんもんかもしれんな」
俺の言葉に後輩が、キョトンとした顔をした。
俺は、腕を刺す痛みにかまわず、ひまわりを抱きしめた。