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体育会系×体育会系

松田がアパートに帰ってきたのは10時を過ぎた頃だった。
風呂から上がったばかりの竹原がおかえりと声をかけると、松田は玄関に座り込み手招きをした。
「何」
「脱がして」
泥だらけの両足を投げ出してそんなことを言う。
松田は子供のような驕慢さがあるのだが、生まれ持った愛嬌のおかげで何故か憎まれない男だ。
「甘ったれ」
そう言いながらも竹原はシューズの靴紐を解き、汚れたソックスを脱がしてやるのだった。

机の上に用意されていた野菜炒めと鶏の竜田揚げをレンジで暖め、すぐに遅い夕食が始まった。
「それどうしたの」
食べながら話すので、松田の口元から米粒がこぼれ落ちる。
黙ってティッシュを渡すと松田はそれで洟をかんだが、もう竹原は口を出す気も起こらなかった。
「それってどれ」
松田は箸で竹原の右腕を指す。
そこには握りこぶし程の大きさの青黒い痣が広がっていた。
「今日の打撃練習でぶつけられた」
「いたそー」
練習用の投球とはいえ、硬球が当たればもちろん痛い。痣はしばらく残るだろう。
まぁでも体育会の宿命だからな、と呟くと、俺のもある意味そうだと言って松田が笑った。
彼の頬は赤く腫れ上がり、熱を持っていた。

竜田揚げの味付けが濃いせいか、二人ともよく食が進んだ。
野菜炒めは多少火の通りが悪いが、食べれない程ではない。
「今日遅かったな」
「ミーティングが長くてさぁ」
生焼けのにんじんをかじりながら松田が答えた。
「試合前なんだろ」
「無駄に話なげぇんだよ、途中で3回寝ちったし」
サッカー部の“魔のミーティング”は大学内で有名だった。
野球部と並んで長い伝統を持つ部活ということで、規律も練習も厳しく、毎年多くの新入部員が止めていく。
竹原の所属する野球部は数年前に部則を見直し、彼が入学する頃には時代錯誤な風習は消え、学年間の風通しも大分良くなっていた。
「寝てんのバレた?」
「超バレた」
「そんでこれか」
竹原は食卓ごしに手を伸ばし、松田の痛々しい頬に触れた。
「佐々木先輩マジ容赦ねーの」
松田は表情を変えずに白米を口に運んでいる。鉄拳制裁に対して恨み言を言うつもりはないらしい。
竹原は彼のそういうタフな部分が好きだった。

食べ終わって眠くなった松田が畳の上で横になったので、竹原は慌てて彼の肩を揺さぶった。
「おまえシャワー浴びろよ」
「明日でいい」
「着替えもしないで何言ってんだ」
「だって眠い……」
こうなるとまるで子供と変わらない。
竹原は松田の両脇に手を差し入れ、上半身を抱き起こした。
汗のにおいがした。それが少しも不快ではなく、むしろ欲をそそられることに、竹原はとっくに気付いていた。
自分の肩にもたれかかる頭を上向かせて、キスをする。
最初は触れるだけのキス。それから唇を食むキス。
それだけでも良かったのだが、まだ松田が体重を預けたままだったので舌を入れた。
松田がわずかに身をよじったが、とくに嫌がるわけでもなく、案外素直に受け入れられた。
舌がある場所を掠った時、松田が竹原の胸を軽く突いて離れた。
「いてぇ」
松田は顔をしかめて口元を押さえている。
「どっか切れてんのか」
「殴られたとこ」
竹原の顔から血の気が引いた。そんなに強く殴られたのか、と思った。
今までも練習で作った生傷や上級生からのしごきで出来た痣は見てきたが、血が出るほど顔を殴られているとは知らなかった。
「見せてみろ」
「たいしたことない」
「見せろって!」
思ったより大きな声が出てしまい、松田が目を丸くした。
竹原が声を荒げることはほとんどない。自分自身も驚いていた。
沈黙が続き、気まずい思いをかみ締める。

先に口を開いたのは松田だった。
「……タケ」
「悪ィ」
先に謝ってしまえば気が楽だと考え、竹原は俯いたまま謝罪の言葉を口にした。
松田は何も答えない。
思い切って顔をあげると、目の前にいる松田は満面の笑みを浮かべていた。
「タケってさぁ、ほんと俺のこと好きなのな!」
「はぁ?」
松田はにやけた顔で竹原の首に腕を回してきた。
「“俺の可愛い松田”が殴られて心配しちゃったんだろ?」
そのまま松田はなだめるように竹原の背を叩いた。ずいぶん調子にのっている。
「愛感じたぜ」
「おまえなぁ……」
どっと肩の力が抜けた。
このタチの悪い男をなぜ愛しいと感じてしまうのか、自分の本能を恨めしく思った。
「シャワー浴びてくるよ」
急に立ち上がった松田の背中を、竹原は戸惑いの目で見つめた。
さっきまで眠くてぐずっていたのに、この豹変ぶりは一体どういうことだ。
疑問に思っていたら、バスルームの手前で松田が振り返った。
「タケ、先に寝んなよ。今夜は俺の愛を見せてやるぜ」
憎らしいほど良い笑顔だ。腹も立たない。
「いいのかよ、試合前だろ」
「それはタケ次第だな」
松田の肌にそういった意味で触れるのは2週間ぶりだった。
理性がきくか、無理をさせないか、自信は正直ない。
しかし、汗のにおいで目覚めた欲望はいまだ冷めていないのだ。
「緑山大学サッカー部の次期エースの実力を見せてもらいますか」
松田が声を立てて笑い、待ってろよ、次期4番打者! と言い残してバスルームのドアを閉めた。