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美術室×音楽室

「君には自由になる腕も脚もない。私の鈍重なからだも、この場所から
 動くことを是としない。だのに何故だ。何故、君はその白皙の肌を削ってまで、
 私の元を訪れてくれるのだ」
「会いたいからだよ。愛しのフリューゲル、この想いを理屈などで測ろうとしないでくれ。
 君の歌が、フリューゲル(翼)を私に授けてくれたのだから。
 さぁ、今宵も聞かせてくれ。君の声を」
「誰だ!誰か、教室に残っているのか!」

 突然、誰何の声が割れ鐘のように響き渡った。それは深夜の音楽室を
大きく震わせるに十分な声量だった。ご、と何かの揺れる音がして、
続いて硬いものが地面にぶつかり、砕け散る音がした。

 先ほど怒鳴り声を上げた事務員は、不審な物音の続く音楽室に踏み入ると、
まず電灯のスイッチをパチリと押し、教壇の脇に置かれているグランドピアノを、
見た。それから浩々と照らし出された床の上に無残にも散らばっている石膏像の
残骸を、改めて不思議そうに見下ろしたのだった。

七不思議というものはどこの学校にもつきものであるらしい。
 曰く、美術室の胸像が勝手に動く。
 曰く、夜毎ピアノがひとりでにアリアを奏でる。
 中でもこの学校独自に編み出されたものに、曰く、朝になると美術室から
音楽室の間に、何かを引きずって書いたような白墨の線が伸ばされている、
というものがあった。
 出来損ないの怪談のようなこの話、信憑性は高かったものの、美術室から
石膏で作られた男性の胸像がひとつ消え、美術教師が悲鳴をあげて以来、
いつのまにか立ち消えていた。忘れられた七不思議の席にはまたひとつ、
別の不思議が座っているのだろう。

 忘れられたことと言えば、あの日、校内の事務職員が壊れた石膏像を発見した
あの夜以来、年代物のグランドピアノが音を出さなくなってしまった。調律士は
どこにも異常はないと首をかしげるのだが、それでも故障に違いはなく、解体された後
何処かに運ばれ、同じ場所には、黒光りのする最新のものが据えられた。

 ただひとり、定年間近の音楽教師だけが意味ありげに呟いている。
 彼の恋人が砕け散ったとき、ピアノもその心を砕け散らせてしまったのだろうと。
音楽が人に心を灯すのなら、それを生み出す事物に心の生まれないはずがない、と。