マフィア

夜遅く帰宅するなり兄は俺に大事な話があると言った。
ファミリーを支える幹部の一人である兄は、近頃首領の跡目問題に忙殺されている。
ろくに寝てもいない兄の体が心配で早く休んで欲しかったが、とにかく話が先だと言う。
「ドンのご意向はお前も知っているな。…やはりランベルト・カペリには一刻も早く戻って来て
いただくしかない。あの人が跡目として立ちさえすれば、八方丸く収まるんだ。」
「ええ…でも確かランベルト様は、登山家になると言ってアルプスに旅立たれたまま連絡が
取れないのでは?」
「それは一昨年の話だ。今はトウキョウにいる。…なんでもマンガ・ライターになるだのと…」
ランベルト・カプリはドンが内々に三代目にと望んだ男だ。彼の実績、その腕前、人望も
誰もが認めるところだが、肝心の本人は近年のらりくらりと組織との接触を避けている。
そのせいで、ドンの体調が思わしくない今、いらぬ跡目争いの火種が燻り始めているのだ。
「…そういうわけでだ、ルキノ、この服を着ろ。」
そういって兄が服を投げてよこしたので、とりあえず何がなんだかわからないまま着替えた。
「あの…ええと、これは…何かの制服ですか?…喪服?」
「日本の男子学生が着るガクランというスタイルの制服だ。」
その時、外で車のクラクションが響いた。
「迎えが来たようだな。…ルキノ、お前には今からトウキョウに行ってもらう。」
「はぁ……ええっ?!」
「お前、ランベルトとは一度会ったことがあるそうだな?彼はこちらの要望を受け入れる
条件として、お前を所望してきた。」
「あの…確かに一度だけお会いしたことはあるけれど…って、それより『所望』って…??」
兄に背中を押されて玄関に出ると、車から出てきた大柄なボディーガードに引き渡される。
「頼んだぞルキノ」
「あの!ちょっと、兄さん……?!」
俺の叫びはむなしく車の防音壁に遮られた。
その時生まれて初めて、俺はマフィアの生き様の過酷さを肌で感じた。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年04月17日 01:37