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そら涙

正座させてからおよそ十五分。両手で顔を覆い、ぐしぐし鼻を啜るのを目の前にしても、胡坐をかい
た俺は沈黙を守っていた。まだ、まだだ。なぜなら、いまの、こいつの、これは、

瞬間、「うぅぅ」と呻いて肩を窄め、身体を前に倒した。丸くなった背が震えるのを見て、ぎょっと
した。あ、やばい。まずい、これは、
「おい、亮。あのな、」
思わず「もういい」などと口走りそうになって、慌てて思い留まる。危ない。またうっかり許しちま
うところだった。こいつのいつもの手じゃないか。なんでこう同じ手に引っかかるんだ俺は。こいつ
は、風呂上りに着替え一式(パンツ含む)を隠して、タオル一丁で部屋をうろうろする俺をニヤニヤ
眺めてたんだぞ。上下とも見つけても、肝心のパンツがこいつの尻の下にあったもんだから、上は着
てるのに下は相変わらずタオルだけという間抜けな格好の俺を笑いやがったのはこいつだ。おまけに
「風邪引くよー?」だと? …季節はいつだと訊いてやりたいのはこっちだ。真冬だぞ、真冬。
それでちょっと説教してやろうと思ったら泣き出しやがって。しかもその涙だって嘘なのだ。経験上
わかる。でも、いまのは、
「兄ちゃんが、」
耳聡いこいつは聞き逃さない。
ゆっくりと身体を起こす。顔は手で覆い隠されたまま。でもなぁ…
「兄ちゃんが、キスしてくれたら、泣き止むよ」
……見えてんだよ。手で覆いきれなかった口元が、にんまり笑ってるのがな!
「それより先に言うことがあるだろ」
謝罪の言葉を聞き出すまでは、何が何でも許してやんねーという決意のこもったぶすくれた声にも、
こいつは軽く応じる。
「じゃあキスしてよ」
「そういうことは、まず俺に謝ってから言え」
「謝ったらキスしてくれるんだ?」
「それとこれとは話は別」
「兄ちゃんは俺が泣きっぱなしでもいいわけ。ふーん」
どうしてこいつは、この泣きの技術を劇団か何かで生かしてくれないのだろう…俺がげんなりしてい
ると、
「……ひどいや」
手の覆いを外し、ぽつり、と。
横を向いた顔は目元が赤く、それに胸がちくりと痛まないではないが。
「……亮、ごめんなさいは?」
再度問うと、今度は素直に「…ごめんなさい」と返ってきた。
これで気が済んだ。今度こそ「もういい」と許しを出し、立ち上がろうとすると、
「……ひどいや、兄ちゃん」
またぽつり、と。しかも、一粒の涙つき。
俺は何も言わずにその場を後にした。…ひどいのはどっちだよ。俺はあいつの涙が嘘か本物か見分け
られるってのに、あいつは俺の配慮なんて少しもわかりゃしないのだ。「キスして」だの「一緒に寝
ようよ」だのの誘いを、戯言として流そうとする俺の意図なんか。
……何年兄弟やってんだ、あのバカ弟。