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医学部長×薬学部長

 心地よい音を立てながらワインを注いでいく様子をソファーに座って眺めていた。
「お疲れだったな」
 労いの言葉と共にグラスを置く博之に、軽く肩を竦める。
「独身の出張は疲れるさ。……研究発表の他に、旅行の支度も何もかも自分だけでしないといけないからな」
 博之は、それくらい大したことないだろう、と眉を顰めた。
「私だって独身だ。学会の度に、何もかも一人で準備している」
「俺が疲れる理由はそれだけじゃない。……ただでさえ、俺は注目の的なのに」
 研究内容が実に興味深いものだからと言外に含めたことに気付いて、博之は苦笑した。
だから、間合いを計るようにすっと息を吸ったことには気付かなかったのだろう。
「――女性に絶大な人気を誇るのに、今だに独身男として有名だからな」
 沈黙が落ちた。
 もう一杯ワインでも飲むか、と全然減っていないグラスを眺めながら博之は呟いた。
「いや、ワインはいらない。――そろそろ身の固めどきだと思ったよ。
 妻どころか、恋人すら長年いないんだって知ったら彼らはどう思うだろうな」
 常日ごろから同僚達からされているおせっかいを思い出して、苦笑を零す。
 一口、ワインを飲んだ。
「そろそろ一人に絞ったらどうだといつも言われているんだ。
 ……酷い奴らだと思わないか? 一人に絞りたくても、絞らせてくれないんだといっても誰も信じない。
 どうせ数が多すぎて絞りきれないだけだろうなんて言いやがる」
 そうだった方がよっぽど楽だったのに。
 現実は上手くいかない。
 心の内で呟いた後、ぴたりと博之を見据えた。
「――お前とは大違いだな、博之。
 お前も俺と同じように長らく独身を通しているのに、そんな揶揄の言葉が聞こえてきたことはない」
「……人徳の差だろ」
 博之が皮肉るように口角を上げる前に、先手を制す。
「お前、長年想い続けている相手がいるんだってな」
 息を飲むのが分かった。追うようにして続ける。
「知らなかったよ。お前にそんな相手がいたとはな。医学、薬学と畑は違うが、お互いにライバル、そして親友だと思っていたのは俺だけかな。
 俺は、お前にそんな相手がいたことも知らなかった。お前が、恋愛感情を抱いていると認識していることを、知らなかった」
 博之に好きな相手がいる。その事を確認出来たら、もう黙っている理由はなかった。ないのだと、不安がる心を黙らせた。
 ことさら軽く言い放つ。
「お前、惚れ薬でも作ったらどうだ。作って、好きな相手に飲ませればいいだろう」
 グラスを置き、ソファーから立ち上げる。側に寄ると、博之は傷ついたように顔を伏せた。
皮肉な笑みを浮かべしているのか、少しだけ口角が上げる。
「……そんなもの作れる訳がない。いい年をして、下らないことを言わないことだ」
「お前なら作れるんじゃないか。薬学部部長という肩書きよりもお前の能力はずっと上だ。――作れよ、博之」
 惚れ薬を作る事が出来るか作れないか? ――そんなことには興味はないのだ。
 あと一歩で接触するという位置に踏み込み、するりと顎を指で触る。息を飲む博之を逃さないように見つめる。
「――そして、俺に飲ませろよ」
 博之は、驚いたように目を丸くした。
 ――あぁ、この顔は学生時代から変わっていない。
 ふいに泣きそうになった。
 俺達はどの位の時間を無駄にしてきたのだろう。
 この問いかけが賭けだった。もうお互いにいい年なのだ。そろそろ全てを認めてもいい時だった。
 頷け、頷け、頷け。
 強く念じながら、長年の思い人が頷く瞬間をじっと待った。