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眼鏡と眼鏡

「眼鏡を外すと美人」だったなら、先輩は僕を見てくれただろうか。


よれよれのシャツ。くたびれたジーパン。寝癖だらけの髪。剃り残しの目立つ髭。そして、時代遅れの瓶底眼鏡。
自分に無頓着で野暮ったい先輩は、同じくらい他人にも無関心だ。
そのかわり、手掛けた物にはとことん執着する。あまりのしつこさから、一度全く同じ実験値をたたき出したという噂まで
まことしやかに流れていて、ゼミじゃ上からも下からも変人扱いだ。
その変人の先輩に、僕は恋をしている。
いつからとか、どうしてとか、いくら考えてもいまだに分からない。
ただ、ぼさぼさの頭や薬品で荒れた指が僕はとても好きで、いつかレンズの奥の瞳を見てみたいと、
いつもそんな事を考えてしまう。
今日もまた考え事をしていたせいで、いつの間にか手元が疎かになっていたらしい。
「どうした小野ー。手が止まってるぞ」
はっと顔を上げると、目の前に先輩の分厚い眼鏡。
かあぁっと顔に熱が集まる。
「ぅあ、あの、」
「小野、風邪か? 顔が真っ赤だ」
「いえその、ひぁっ」
かちん、と眼鏡がぶつかる音がして、額に温度のあまり高くないものが触れて。
「熱は、ないようだな」
二重のレンズの向こうから、先輩の瞳が、僕の、目を、

「わぁあっ!」

がたん、ぱりん

「あぁっ、ご、ごめんなさ、あの、大丈夫ですから!」
蹴倒した椅子も落とした試験管も驚き顔の先輩もそのままに、僕は教室を駆け出した。


本当は、知っている。
先輩は物事に頓着しないんじゃなくて、ただ変化させるのを好まないんだって事を。
だから、先輩は小さな異変にとても敏感だ。
先輩が好きなのは、学友のおっちょこちょいと、ちょっと焦げた学食の焼き魚定食。
先輩は、可愛らしいちぐはぐを愛する人。
いつもドジを踏む友人を諌めないし、食堂のおばさんにも文句を言わない。

きっと始めから先輩に向いていた僕の気持ちに、彼は気付かない。
とりたてて取り柄も欠点もない僕に、彼は興味を持たない。


「美人が眼鏡で台無し」だったなら、僕は先輩の愛するものになれただろうか。