アリとキリギリス

「だから、俺は言ったんだ。ちゃんと働いておけって」
再三の忠告を無視しやがった大馬鹿は、背中の上で静かにしている。
クソ重いその身体に苛付きながら、俺はぶつぶつと吐き捨てる。
「遊んでばっかいるから、こうなるんだよ、アホ」
その言葉に黙して答えない相手に、ますます苛立ちが増す。
頭上を振り仰げば、空一面に積み重なった今にも雪の降りそうな灰色の雲の山。
ああ、急いで巣に戻らなけりゃ。途中で吹雪くと厄介だ。
そのためにも、自分の足で歩くことすら出来ない無能はこの辺りに捨て置いてしまおうか。
そう思って、その場に一旦足を止める。
奴の身体を地面に放り投げて、その腹を俺の細い脚でガシガシと無造作に蹴る。
それでも、奴は自分から起きようともしない。不平すら、言わない。
「置いてくぞ、馬鹿」
もう一度、蹴る。六本の足で交互に、何度も何度も体中のあちこちを蹴りまくる。
されるがまま、ぴくりとも動かない奴の冷たい体が、酷く腹立たしい。
再び大きく音を立てて盛大に腹部を蹴り上げると、何の抵抗もしてこない奴に、俺はぼそりと呟いた。
「……ホントにさ、どんだけ馬鹿なんだよ、お前は」

息をしない奴の長身を再び背に乗せて、俺は黙々と巣穴を目指した。
俺の身体の何倍もあるその重たい屍骸を、俺はただ運ぶことしか出来ない。
泣きはしない。だって、それは向こうの専売特許だから。
毎日毎日、夏の間中、うるさい位に鳴いていた、このキリギリスの。


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最終更新:2010年10月21日 18:26