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無口、無愛想、世俗離れ

「何だって客人に愛想のねぇ主人だなあ」
「…………」
「まあいつもの事だが」

勝手に上がり込んでくる浪人をもてなす由はないとでも言いたそうに、男は瞼を伏せただけだった。
険しい山奥の小さな屋敷。ここでこの家主は一人句を詠み書を書き綴り、土を耕しては日々を営んでいる。いつからそうしているのか知らぬ。
ある時浪人が山越えの道に迷い、夜半過ぎに助けを求めこの屋敷の戸を叩いたときから、この主はここにこうして在った。
警戒とも歓迎とも違う、ただただ愛想のない簡素な招き入れに、浪人は訝しんだ後、この男に興味を持ったのな俗な興味をぶつけることもやめにした。
今はただ、町で見つけた魚の干したものや甘い菓子、また浪人の大好きな酒と肴など、ここでは手に入らないだろう物を土産とし
「今日はお天道様がよくみえるねえ」
「そろそろ蝉の鳴くのもききおさめだねえ」と、他愛もない、話だけをしにきている。
男は酒こそ飲まなかったが、魚は食べたし、野菜を漬けたものや味噌を入れた雑炊なども出してくれた
静かにそれらを食しながら、浪人は山の様子や町の様子を楽しげに話す。そしてたまに主の身体を気遣うことを言う。

「あんた、寒くなってきたがちゃんと暖はとっているのかい?」
「今日はいつになく眠たそうだなあ。夜更けまで書でも読んでいたんだろう」
そうしてポンポンと頭に手をやると、男は嫌がらない。
ただ眉を寄せて、余計な世話だ、と言うような顔をしてはみせるものの、ほんのりと赤みがさす頬に浪人の顔も弛む。

男は話せないわけではなかった。だが必要以上の言葉を発しなかった。
愛想のないのは変わらずだが、餌をとりにやってくる鳥たちを可愛いなあと呟けば嬉しそうに微笑み、今日のように軽口を叩けばうるさそうに眉を寄せる。
そんな風に見え隠れする主の感情を一つ一つと発見する度、浪人はなんとも言えぬむず痒さを感じて仕舞うのだった。

「今日はなんだか機嫌が悪いねえ」
「…………」
「何かあったのかい」
「…………」
「どこか悪くしたのかい」
「…それはこちらの台詞だ」
「え…?」
「無事ならば…かまわぬ」
そう言うと男はさっと立ち上がり、あっと言う間に奥の間へと姿を消した。

「俺の身を…案じていたのか?」
確かに浪人がこちらに顔を見せたのは、最後にこの屋敷を訪れて久しい。
最後の夜には、確か流行風邪で人が死んだ話や、山賊に襲われた村人の話など、物騒な話をして帰った覚えがある。
それにしても、それにしてもだ。とんと興味を示さなかったあの男が、姿を見せない自分を思ってくれていたのだ。
奥へ逃げた後ろ姿は、おそらく憤りだとか安堵だとか、そんな感情を目一杯背負っていた。

――――――なんてこった。

崩れる顔にゆるむ髭元を無骨な手で覆うと、浪人はクックと笑いだした。
嬉しくて仕方がない。心がじんわりと温かくなって、同時に男が愛おしくて仕方なくなった。
こんな心持ちになるのはもう何年ぶりだろうか。
(今日はしばらく山を下りることはできそうにないな)
主の機嫌をとるべく、浪人は奥の間へとゆっくり足を向けた。