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跡継ぎ×父の代から仕えている彼

「心配要りませんよ。」
六対の縋るような視線を受け止めてヘンリー・ライエルは気丈に笑ってみせた。
「日が沈むまでには、連れ戻して参ります。」
そう言い残し、ヘンリーは主の後を追って慌しく広間を後にした。
残された重臣達は顔を寄せ合い、物憂げにため息をついた。

生来気性の烈しかった先王と比べ、王は冷淡ともとれる程感情の起伏が少ない男である。
常に理知的な判断を下し、聡明な君主と仰がれていたが、その内面に一つ問題を抱えていた。
先王、つまり自らの父親に対して異常なほどのコンプレックスを抱いており、
先王の話が俎上に上ると酷く激昂するのだ。
話を持ち出した人物がヘンリーであれば尚更であった。
しかし、ひとたび激した王をなだめることが出来るのもまた彼だけだった。
複雑に絡み合った愛憎の最中にヘンリーが深く関わっているらしいことは周知の事実だが、
どの道、余人には手出しの出来ない問題である。
これまでは、先王に関する話題を極力避けることでどうにかやってきたのだが。

陛下がああも不安定であられては、ヘンリーの苦労は尽きまい。
生真面目な側近の行く末を思い、彼らは同情を禁じ得なかった。
私室に通じる扉は半ば開け放たれていた。
蒼白な顔で立ち尽くす下女をなだめ、部屋の中へ向かって声を掛ける。
「陛下。」
いらえは無い。
「ハロルド様。」
「…入れ。」
二度目の呼び掛けに応じ、王は渋々といった体で入室を許した。
天井まで届く大きな窓に向かい、外を眺めている。
西の空に傾きかけた陽が、乳白色の雲を薔薇色に染めはじめる時刻だった。
ヘンリーは主の後ろに立ち、思慮深く沈黙を守っている。
「王は私だ。」
振り返ることなく、ハロルドは言った。
底冷えするような声色から、先刻見せた激情の余韻は奇麗に消え失せていた。
「これよりは一切私のやり方に従うと言え。二度と、父のことは口にするな。」
崩御より二年、偉大なる先王の影は今も付きまとって離れることはない。
唯一の腹心ともいうべきこの男でさえ、自分に父の面影を求めている
そのことが、他の何よりも耐え難かった。
「…すべて、陛下の仰せのままに。」
膝を折り、深く頭をたれる側近の姿を肩越しに見遣って、ハロルドはそっとため息を押し殺した。
この男はいつもそうだ。言われるままにただ服従を差し出す。
命じれば閨の相手もする。その間中誰のことを考えているのか、本当は知っている。
鬱屈した思慕が憎悪に変わるのは、そう遠いことではないのかも知れない。
西日はあらゆる隙間から差込み、広過ぎる部屋に濃い影を落とした。