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大好きだけどさようなら 攻め視点

やけに半身が冷える。
夢うつつの中、隣で眠っている彼が布団を蹴飛ばしでもしたのだろうかと思いながら布団を引き寄せ、随分軽いことに気が付いた。
彼がいない。
はっと体を起こし、隣で眠っていた筈のあの子の姿を探す。
トイレだろうかと考えて、ふと彼が眠っていたところを撫でると既に冷え始めていた。
寝起きの頭が一気に覚める。
慌ててベッドを降りようとして、枕元に彼の物であった筈の携帯電話と鍵がきちんと並べて置かれているのを見つけた。
行為の前、そこには私が外してやったあの子の眼鏡を置いてあった筈だ。
(…………ああ、)
ゆるやかに事態を理解する。とうとうこの日が来たのだ。
私は彼に、飽きられてしまった。
いつかこんな日が来るという事は告白されたあの日から分かっていたし、彼の様子がここのところおかしい事にも薄々気付いていた。
必死に目をそらし、見ない振りをしていたのだ。
十も年下の、まだ若い彼が、私のようなつまらない男の傍にいつまでも居てくれる訳がない。分かっていた。
「だから言ったんだ……」
置いて行かれた鍵と携帯電話を取り上げ、小さく呟く。
知らず、眉間の皺が深くなっていることに気がついた。
「あの、もしかして、怒っているんですか」と尋ねられたのは出会ってからまもなくの頃だった。
別に何も怒っていないと答えると、「だけど顔が……」とおずおずと言われて初めて自分の眉間には常に深い皺が刻まれているということに気付かされた。
教授として今の大学へ招かれたものの、愛想の悪さから学生たちから疎まれている事は知っている。つまらない授業をしている自覚もあった。
元々人に物を教える事は苦手で、子供はもっと苦手だった。
そのせいかいつの間にか顔を顰めていることが多くなり、やがてそれが癖になってしまったらしい。
眉間を押さえて「癖なだけだ」と答えた私に、彼はほっとしたように笑った。
「嫌われているんじゃなくて、良かったです」と言いながら。
彼の笑顔を見るたびほっとする。
居場所がないと感じていた大学内でも、彼が傍にやってくると何故か居心地がいいと感じるようになった。
そんな彼が私を好きだと言ったのはつい半年前の事だ。俯いたまま、か細く震えた声で告げられた。
酷く驚き、嬉しく思った。私も彼に対して、密かに好意を寄せていたからだ。
私は彼に対する気持ちを告げる気はなかった。
年の差もあって同性である私など、思いを告げたところで気味悪がられるだけだろう。
そんな風に思っていたところへの、彼の告白だ。嬉しく思わない筈がない。
けれど彼は若い。自分の専門分野にしか興味のない私のような人間と付き合ったところで長く保つ訳がないと思った。
だから思わず、「お前みたいな子供、半年で飽きるだろうな」と呟いたのだ。
その通りになってしまった。

今時携帯電話一つ持っていないと言う彼の為に、自分のものとは別にもう一つ契約して渡した。わざわざ不審に思われないよう、元々二台持っていたのだという振りをして。
いちいち家に伺ってもいいですか、などと言っていつまでも遠慮がちでなかなか来ようとしない彼に、合い鍵も作った。
どちらも彼の為と言うよりは、自分の不安を少しでも軽減させる為のものだった。
これを置いて行かれた今、私とあの子を繋げる物はない。
まだ夜の明けきらない薄暗い部屋で、携帯電話と鍵とを握りしめたまま項垂れる。
あの子が腕の中からすり抜けても気付かぬほど熟睡していた自分を恨んだ。
別れの言葉すら置いて行ってはくれなかった。これでは諦めも付かない。
のろのろと顔を上げ、少し前に彼が出て行ったであろうドアを見つめる。

(……もう一度だけ)
こちらから会いに行ってみようか。
この年になって、誰かを追い縋る事になるとは思わなかった。
追いかければきっと醜態を晒すだろう。ますます幻滅されるかもしれない。
(それでも構わない)
落ちていたシャツを拾い上げ、昨日までは彼のものだった携帯電話と鍵とを持って寝室を出る。
外はまだ暗い。
彼は今頃どこにいるのだろうかと考えながら、玄関へ向かった。