※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

友人だけど主従


寝台の傍らで、常玄はまんじりともせずに過ごした。
相変わらず伯頼は目を覚ます気配をみせなかった。
血の気の褪めた顔を仰向けて、昏々と眠り続けている。
どこか遠くで夜の鳥が鳴いた。
その声が冴え冴えとしじまを渡り、残響となって消え入る頃、とうとう空が白みはじめた。
それまで部屋の隅に控えていた老医師が進み出て、気遣わしげに声を掛けた。
「常玄様、後生ですからもうお休みください。
私がついていて、何かあればすぐにおしらせ致します」
常玄は黙って首を横に振った。その場を動くつもりはなさそうだった。
「……昔」
どこか遠い一点を見つめながら、常玄は静かに話し始めた。
「―――今の道を選んだ私を、誰もが止めようとした。
 この男だけが、私を支えると言ったのだ。ゆえに支えてもらうことにした。
 その日から、奴は私の配下になった。随分と昔の話だ」
医師は厳粛な面持ちで頷いた。
長い間仕えているが、こうして個人的な話を聞くのは初めてのことだった。
「配下は大勢抱えているが、本当に際どいところを任せられるのはただ一人だ。
 無二の友を配下にしたのは、今思えば確かに失敗だった。
 どうしても甘えが出る。奴はそれを当然のように受け入れてしまう。
 だが気付いたところでもう遅い。今更、どうして手放すことができよう」
「常玄様……」
常玄は医師の方を振り向き、ばつの悪そうな微笑を浮かべた。
「困らせてしまったな。こんなことを話すつもりはなかったのだが。
 ……お前こそ少し休んでおいで。いざというときにしっかりして貰わなくては」

医師が退出すると、部屋には再び重苦しい静寂が戻ってきた。
「お前は馬鹿だ……」
常玄は伯頼の手を取り、温めようとするように両手で包み込んだ。
「……知ってるよ」
思いがけず声が返ってきた。伯頼が、いつの間にか目を開けていた。
常玄は驚きに目をみはった。握った手に力がこもる。
伯頼はまだ幾分かすれた声で、常玄よ、と呼び掛けた。
「俺はお前に頼られることを重荷と感じたことはない。
 人を欺くのも手を汚すことも、俺にとっては何という程のことじゃない。
 いつかろくでもない死に方をするとしても、それはそれで構わないと思ってる」
弾かれたように常玄が立ち上がった。
「やはりお前は馬鹿だ、何も分かってはおらんのだ!私が、どんな思いで―――」
「落ち着け、それだけの覚悟があるって話だ。この俺がそう簡単にくたばるものか」
「しかし……!」
「……だからもう泣くな。お前に泣かれるのだけは未だに応える」
言われて常玄は頬が濡れていることに気づき、袖口で乱暴に顔を拭った。
柄にもなく取り乱したことを恥じるように、俯きがちに息をつく。
「……医者を呼んでくる。何か欲しいものはあるか」
「抱いてくれ、久しぶりに」
「先刻まで死にかけていた身で何をぬかすか。怪我人は相手にせぬぞ」
「弱ったそれがしはお厭ですか、我が君」
「しおらしく言っても駄目なものは駄目だ。おとなしく養生しろ」
常玄は折れない。伯頼は大袈裟に溜め息をついてみせた。
「俺は医者と我慢が大嫌いなんだが……」
常玄の手を掴んで引き寄せ、手首に軽く唇で触れる。
常玄ははっと息をのんだが、慌てていつもの取り澄ました表情をはりつけると、医師を呼びに部屋を出て行った。