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敗者復活戦

「先輩の乗ってるの、あれかな」
「方向違ぇだろ」

俺と片野は空港のベンチに呆けたように座りながら、飛んでいく飛行機を眺めた。

何だか気が抜けてしまった。
俺と片野、そして先輩。
1年越しの三角関係が、ついさっき終わった。

サークルに入ってからこっち、俺たちの不毛な争いは絶えることがなかった。
片野が先輩を食事に誘えば、俺が割り込んで無理矢理3人メシにした。
俺が先輩にテスト勉強の手伝いを頼めば、呼んでもないのに片野がノートを持ってきた。
先輩はといえば、そんな俺たちの争いなどつゆ知らず、「卒業してもこのまま3人でつるめたらいいね」なんて、嬉しいような歯痒いようなことをよく口にしていた。
先輩をめぐる、俺と片野のくだらなくも充実した日々。
それは、振り返れば意外と尊いものだったようにも思う。


「同じ学年に好きな人がいるんだ。……男性だから、君たちはびっくりすると思うけど」

その時、俺と片野は面白いほど同じ表情をしたことだろう。
それから、先輩の想い人が恋人になるまでそう時間はかからなかった。
さらには、卒業と同時に一緒に暮らすという話を聞いた時も、俺たちは驚く暇すら与えられなかった。
普段はとろくさい先輩なのに、こういう時だけは妙にてきぱきとして、あれよあれよと言う間に想い人の故郷に飛んで行ってしまったのだった。
……こんな結末、あるかよ。

「あいつさ、ちゃんと先輩のこと幸せにできんのかね」

わざと意地悪く聞こえるように、俺は言った。
女々しいのはとうに承知だった。どうせ片野しかいないんだ、少しぐらいカッコ悪いところ見せたって、今更気にもならなかった。

「だってあいつさ」
「ん」
「先輩の好みの飯とか服とか、なんも知んねーだろ。先輩のクセだって、俺たちのがずっと知ってんぜ。あーあ、あんなにわか野郎」
「あぁ」

片野は機嫌が悪いのか、軽蔑からなのか、短い返事しか返さなかった。俺は焦って付け加えた。

「……ごめん、ごめん、分かってんだよほんとは。幸せにできない筈ねーの、先輩が選んだ人なんだから。だからだよ、余計悔しいの、ちくしょう」
「あぁ」
「あーあ、きっとすげぇ幸せに暮らすんだよ。毎日あのほやほやした笑顔でさ、あーあ、あーあ。先輩のばかやろう」
「あぁ」
「? あのさ、お前……」

生返事だと思ったら、片野はまだ空を見ていた。飛行機は、既に見えない。
ズッと、鼻をすする音だけが聞こえた。俺はこの時になって初めて、この好敵手に情けをかける気になった。

「……いいよ」
「なにが」
「見んでやるから、泣けば?」
「泣いてないよ……」
「だから、泣けば?お前のことどんだけ見てたと思ってんの。たった一人の恋敵ですよ?」
「……」

再び、ズッと鼻をすする音が聞こえた。
それから肩にずしりと重みがかかり、遅れて温かいものがシャツ越しに伝わった。
予想外の反応に思わずたじろいだが、片野のことを考えると茶化す気にはなれなかった。
片野を刺激しないように、呼吸にすら気をつかいながら、俺は片野の震える背中に手を添えた。

「……カッコ悪いと思っただろ」

俺の肩に顔を埋めたままで、片野が呟いた。
ばか、今更気にすることかよ。

「お前な、こういう時は」
「……けど、先輩が行った後で女々しく愚痴るほど落ちぶれてはいない」
「は?」
「俺はまだお前に負けてない。最後の最後まで、負けてないんだからな……」

なんだそれは。呆れたというべきか、見上げたというべきか。
この期に及んで、こいつはまだ俺と争おうとしているらしい。
しかも、泣いただの愚痴っただのの超低次元な争いで。

「……お前さぁ」
「なんだよ」
「フラれた時点でどっちも負けだろ。敗者同士、負け犬同士なの俺ら。いい加減認めろよ」
「……」
「……」
「…………やだよ~……」

やだよーってお前。だだっ子か。
しかし、俺の肩に額を擦りつけ柄にもなく弱みを見せている片野は、何故だか妙に俺の心をくすぐったのだった。

「……なぁ負け犬」
「うるさいしね」
「敗者復活戦ってどう思う?」
「は?」


飛行機がまたひとつ飛び立った。
次の飛行機が飛んだら片野を飲みに誘ってやろうと、俺は決めた。