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許させて


兄さん、僕にあの人を許させてください。
僕にはもう、あの人を憎むことは出来そうもないのです。
僕に、あの人を許すことの許可を下さい。
あの人の父親が僕達の父母に何をしたか、忘れたわけではありません。
母の命を奪い、父を絶望の中で死に至らしめたあの男。
僕達は確かに復讐を誓った。あの家を根絶やしにするとの一念で今日までやってきたんです。
既に僕達の復讐は成功しました。だからこそ、兄さんも彼のことをあの男の息子とは知らずにいたんじゃないですか。
あの人は良い青年だ。心の美しい、まっすぐな人です。
それは兄さんも知ってのはず。
僕はこれ以上、彼を陥れることなどできないのです。
あの人は今でさえ苦しんでいるじゃないですか、もう十分です。
僕はもう、あの人をを許したい。それがあの男を許すことになろうとも。
兄さんだって、わかっているんじゃないですか?
あんなにも親交を深め合った友人が、元の姓を知ったとたん敵になり得るものでしょうか。
僕に、許させてください。この因縁から逃れさせてください。
……もちろん、あの人が許してくれさえすればですが。


あの方に、許させて欲しい。
君にしか頼めないことなのだ。
深いしがらみが僕達の間にはあった。それは自分でも知らぬ僕の血の汚れだった。
しかし、これを言うのは君には我慢ならぬ事かも知れないが、
僕の父、あれも父祖の代からの因縁に苛まれた不幸な人間だったのだろう。
僕の祖父、曾祖父もやはり、君達の祖父、曾祖父と因縁があったというから。
ならば僕は、僕達の代で恨みの鎖を断ち切ろうと思う。
僕が一時でもあの方を友と呼べたのは、きっとそのための神仏の計らいではないか。
──僕の命は、余り長らえない。
肺を病んでいると医者は言う。不摂生が祟ったと見える。
そんな顔をするな。僕の人生はそれなりに幸福だったのだ。
赤貧だったが幼い頃は母に慈しまれたし、楽しいこともそれなりにあった。
仕事でもどうにか名を残せたようだし……かけがえのない友も得た。
君には、誰よりも大切な友人の弟として、頼みを聞いて欲しい。
あの方の憎しみを鎮めて欲しいのだ。
僕が死ねば、僕の一族は絶える。
でも、そうしたところであの方の気が晴れるとは思えない。
そこで、僕は短編小説をひとつものした。中身は言わないが、これをあの方に渡して欲しい。
約束して欲しいのは、誰にも見せないこと。むろん、悪いが君も遠慮願いたい。
僕が消えた後あの方に残すそれは、たったひとつ偽らぬ僕の心だ。
必ず渡してくれたまえ。そして、あの方に許させて欲しい。
仇敵の一族であった僕と、僕の一族を。
あの方を置き去りにする僕を。それでも許せという僕を。