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華道家とフラワーアレンジメント講師

 花を生けていると背後で人の気配がした。斜め後ろの方からじっとこちらを見てくる気配はまず間違いなく彼だろう。いつもの紺の着流しを着て、腕組みをして。妙に熱心に観察してるはずだ。
 いつものことだ。邪魔をしないようにとの気遣いだろう声をかけられたことはない。気になったのは、この家に住み始めた頃のこと。今はごく当然のこととして受け止めている。彼いわく、西洋の文化の良いところも学んで取り入れようと思うとか何とか。そのくせ、派手すぎるとばかり言っている。外国の文化にわびさびを求められても。
(ん……?)
 背後の、どこか落ち着かないようなそわそわした気配に気づいて、そっと苦笑する。横目に時計を見て、もうこんな時間だったかと少し驚く。
(まあ、もう終わりますし)
 もう少しだけ待ってもらうことにして、終わらせる。
(……よし)
「用事があるなら終わるのなんて待たずに声をかけてくれて良いと言ったでしょう」
 体ごと彼へ向き直って言うと、視線をわずかに逸らす。
「別に用事はない。ちょっと見に来ただけだ」
「嘘つかないでください」
「ぅ、嘘じゃない。というか、何でそんな断言するんだ」
「そりゃぁ、貴方のことですから。よ~く分かってますよ」
 にっこり笑って言ってやれば、顔を真っ赤にして固まる。うん、可愛い。他の人からは仏頂面と評価されやすい彼だけど。
 たっぷり数秒の間、彼の表情をじっくり堪能して口を開く。
「で、用事は何です?」
「――…どうせ分かってるんだろう」
「まあ、一応。でもほら、ちゃんと声に出さないと。僕だから分かりますが、他の人だったら伝わりませんよ?」
「他の奴と会話なんてしない」
「あー、ハイハイ。何でもいいですけど、ちゃんと言葉にしましょうね」
 そういえば、誰かと会話らしい会話してるとこ、見たことないな。初めて会った頃も、今も。たまに外に出たら僕に対してですら最低限必要と思われる単語一つで終わらせるんだ、他の人にもそうなんだろう。…人づきあい苦手って言っても、限度がないかなぁ。
「――…お腹空いた。と言いに来たんだが、お前が忙しそうだったから待ってたんだ」
 我慢することは習得したみたいだった。料理――というより、家事全般何もできない彼は、お腹が空くとフラフラと僕のところへ来る。たいていは僕もお腹空いて何か作っているのだけど、たまに今日みたいにまだだったりする。以前は目につくところに居座ってこちらを物言いたげな目で見つめてきたものだ。ちなみに、彼はレトルトですら「これ何だ?何をどうするんだ?」と言って食事ができないツワモノだ。一体今までどうやって生きてきたんだろう。
「じゃあ、今から作りますから、ちょっとここ片づけてもらえますか?」
 この家で唯一、彼に任せられることを任せて僕は席を立つ。ついでに、覚えているだろうけど釘をさしておく。
「あ、台所には来ないでくださいね」
 珍しそうに見ているだけならともかく、僕の真似をしようとして大量の砂糖を鍋と床にぶちまけてくれるのは遠慮したいし。

 せっかく言ったのに、台所に入ってきた彼は出していた皿を二枚割ってくれた。