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弟バカ

先輩の髪を撫でながら首に顔を埋めると、洗髪剤の香りがした。
それがカビ臭い大学の書庫には不釣り合いで、尚のことイケナイ事をしている気持ちになる。
「先輩…このままいいですよね?」
「ば…バカ…お前、ここを何処だと思って…」
机に押し倒された先輩はすっかり真っ赤になっている。2歳も年上なのに、本当に可愛くて仕方が無い
「大丈夫ですよ、こんなところ誰も来ませんから…それより…」
だが、俺の言葉は無機質な電子音で中断された。無粋な音を不審に思う間もなく、先輩が覆いかぶさって
いた俺を勢いよく跳ねのける。
「…知樹を保育園に迎えに行く時間だ!!」
どうやら携帯のアラームだったらしい。
俺は突然のお預けに閉口しつつも、半ば諦めを覚えていた。
先輩は年の離れた弟のことを言葉では言い尽くせぬほど大事にしている。
なんでも弟さんが産まれて間もなくお母さんが亡くなったとかで、仕事が忙しいお父さんの代わりに
先輩は高校生の頃からずっと弟さんを育ててきたそうだ。
おそらくは兄弟と言うよりも親子に近い感覚なのだろう。
俺も先輩と知りあった頃から行事のカメラ係にと担ぎ出されたり、アルバム片手に思い出話を延々とされたり等々
いろんな目に遭ってきた。
まぁそんな時の先輩は普段の無愛想が嘘のように表情が明るいし、弟の知君も素直でいい子だからいいかと思うが
それにしてもこんな時まで弟の話をしなくてもいいではないか…とやはり考えてしまう。
「…先輩、じゃ…じゃあすぐに済ませますから…それからお迎えに行きましょうよ。それでもいいじゃないですか」
思わず甘えたように手を伸ばすが、直前でピシッと叩かれた。
「何を言う!すぐに行ってやらねば知樹が寂しがるだろう!」
それに何か事件にでも巻き込まれたら…知樹は賢い子だが、なにしろ人を疑うことを知らないから…とまだブツブツ
呟いている。

知っていたけどこれは重症だ。間違いなく弟バカ…いや、失礼。
俺にも弟がいるが、年が1歳しか離れていないせいかろくに可愛いと思ったことも無い。
―弟…?
そこでふと名案を思いついた。
「じゃあ…俺の弟に行かせますよ。先輩も知ってるでしょう?保育士志望の。
知ちゃんとも知り合いだし…確か俺の弟が作ったお菓子も気に行ってくれてたじゃないですか」
「む…だが、急なことで悪いだろう」
「大丈夫ですよ、確か今日は近くまで来ているはずですから…俺達皆で何度か迎えに行ってこともあるから
保育士さん達も弟の顔を覚えてくれているようですし」
ね?俺もっと先輩と一緒にいたいですよ…とちょっと上目遣いで迫ってみれば、頑なな先輩も少しはほだされて
くれたようだ。

結局、俺は弟に先輩の弟を迎えに行くようにメールを送り…先輩も俺と濃厚な時間を過ごすことを了承してくれた。
…とても有意義な時間だった。
そそくさと身支度を整え、さて帰ろうかと思ったところでふと、メールが来ていることに気付く
携帯を開いてみれば弟から。メールの文面が目に入った瞬間、俺は顔面蒼白になった。
「どうした?」
不審に思ったらしい先輩が覗きこんでくるのを慌ててかわしたが、それが余計に気になったのか携帯を奪い取られた。
一瞬の後、先輩の顔は鬼のような形相へと変わっていた。

『Fromm:弟 RE2:迎えに行って来い 本文:兄さん、知ちゃんのお迎え無事に完了しました。
さっき僕が作ったクッキーをあげたら物凄く喜んでくれて、僕をお嫁さんにしてくれるそうです。
折角なので、新婚旅行がてら動物園にでも行ってこようと思います。
追伸:知ちゃんはゾウさんが好きらしいです。可愛いですよね』

バカーーー!!バカ弟ーーー!!!

怒りに我を忘れている先輩をなだめて、弟と知君を探しに行くまで物凄い手間がかかったのは言うまでも無い。