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優しい手

「ちょっと二人で話がしたいので席を外してくれないか?」
久しぶりに遊びにきた友人が彼に言った。ドアのしまる音がする。彼の気配がなくなる。

「最近誰もこの館に来ない理由を知っているかい?」
「忙しいんじゃないのかな」
「違うな。君に愛想を尽かしたんだ」
「そりゃあ、僕といてもつまらないだろうね」
「君が事故で視力を失ってもう10年経つ。いい加減ある程度のことは自分でできるようになっているはずだ。なのに君は未だに彼がいないと何もできない」
「彼の仕事は僕の世話をすることだ。彼は僕の目になってくれる」
「食事くらい一人でできるだろう? 階段を下りるくらい抱えられなくてもできるだろう? シャワーを浴びる時でさえ彼はそばにいるらしいじゃないか」
「君は目が見えるからそう言えるんだ」
「彼がわざと皆と君を遠ざけているという話も聞く。僕は友人のひとりとして心配しているんだ」
「ご忠告ありがとう。でも彼はそんな人間じゃあないよ」
見えないけれど、彼がため息をついたのが分かった。そして苛立つような靴音、大きな音を立てて閉まるドア。

しばらくして静かに誰かが部屋に入ってきた。
「お友達の方が帰られましたよ。睨まれてしまいました」
「うん。多分彼はもう来ないと思う。疲れたからもう寝るよ」
僕は椅子から抱えられ、すぐ横のベッドに腰掛ける。当たり前のように細い指が首元からボタンを外していく。
自分でできないわけじゃない。最初は一人でするように努力はした。けれどその度に彼が手を差し伸べる。
だからもう諦めた。それだけのことだ。
「怒られてしまったよ」
「気にすることはない。お節介はどこにでもいるものです」
彼に全てをゆだねることがそんなに悪いことなんだろうか?
目が見えない分、感覚は研ぎすまされていく。だから分かるんだ。
彼は僕から離れることはない。そして僕も彼から離れられない。