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好きな人に似た人

「そういえばさー」
ようやく書き終わったレポートやその他諸々をバッグに入れて席を立とうとしたとき、
向かい側に座っていた雪也が口を開いた。
「ここのところ、先輩に似た人をよく見かけるんだよね」
『マックにでも寄って帰るか。レポートの面倒みてもらったし、今日は奢ってやるよ』
そう声をかけるつもりでいた俺は、不意をつかれて眉を寄せた。
「なんだよ、急に」
「最近、近藤先輩に似た人を見かけるって話」
雪也から『近藤先輩』の名前を聞くのは久しぶりだった。
久しぶりと言っても、雪也がその名前を口にすることを避けていたわけではない。
単に、俺が聞くのを避けていただけだ。
「……先輩に似た人?なんだそりゃ」
「なにって、まんまだよ。先輩によく似た人」
あの先輩のことを話す雪也はいつも嬉しそうで楽しそうで、俺はその度に複雑な気持ちになっていた。
今も、雪也は機嫌良さそうに喋っている。
「先月、一緒に先輩の試合の応援に行ったろ。その帰りに見かけたんだ」
確かあの日はスタジアム前のバス停で雪也と別れたんだっけと思い出しながら、俺は口を開いた。
「それって、場所と時間的に考えて本人じゃねーの?」
「違うよー。俺が先輩を見間違えるわけないじゃん」
そう言って、雪也は笑う。
「だって、ユニフォーム着てなかったもん」
「お前の中では近藤先輩=ユニフォーム姿なのかよ」
「でも背格好は凄く似てたかなぁ……かっこよかったよ。先輩に似て」

雪也の近藤先輩への想いは、最初から真っ直ぐだった。
真っ直ぐで無邪気で、好きだという気持ちを恥じることも隠すこともしなかったし、
先輩も『そう』だと知る前も知った後も、こいつは何も変わらなかった。

「だってけっこう遠かったのに『あれっ先輩?』って、俺センサーにひっかかったくらいだから」
「ああそう。それはそれは」
「その次の週も隣町で見かけたし、駅前の地下街でも見かけたし。ね、凄い偶然だろ?」
俺は心の中で渦巻く暗い感情を押し殺して、呆れ顔を作ってやった。
「お前、先輩が好きすぎて『誰でも近藤先輩に見える病』にかかってんじゃねぇ?」
「なんだよそれー。もう、本当によく似てるんだって。浩介も見たら絶対に似てるって言うよ」
「だったらやっぱ本人とか。先輩に直接訊いてみろよ」
そう言ってやると、雪也は苦笑した。
「うーん…『あなたに似た人を見ました』なんて言われて、浩介だったらどう思う?」
「まあ、『で?』って感じではあるかもな」
「だろー?……それに、一緒に居るときは、もっと他にたくさん、話したいことあるしさ」
「あーハイハイ。ごちそうさん」
照れたように笑う雪也から目を逸らして、俺は今度こそ立ち上がった。
「そろそろ行こうぜ。閉館時間になっちまうぞ」
「あ、そっか」
言われて気づいたようで、雪也は慌てて机の上を片付け始める。

「でね、先週も見かけたんだ」
「へえ」
相槌を打ちながらも、俺はもうその話題に興味がなくなっている。
「今日みたいに図書館で課題やっててさ。参考書探してたとき、向こうの資料室に姿がちらっと見えて」
雪也の言葉につられて、俺はなんとなく資料室の方を見やった。
「先輩に似た人ねぇ…」
「うん。先輩じゃない、よく似た人。だってその人、本棚の陰で誰かとキスしてたから」
「……え?」
俺は雪也の方を振り返る。
雪也は筆記用具を片付けて終わって、リュックを肩にかけ、立ち上がっていた。
「先輩が俺以外とそんなことするわけないし。なーんて」
冗談めかしてそんなことを言って、笑っている。
「さすがに出歯亀はイカン!と思って、すぐ退散したけどねー」
「……。先週の、いつ見たって?」
「んー?木曜」
「お前、バイトは」
「金曜のヤツにシフト交代してくれって頼まれちゃって」
さー帰ろーと言いながら、雪也は歩き出そうとして……ふと、こちらを見た。
「そういえば――」
こちらに向けられる表情に、暗さは感じられない。
真っ直ぐで無邪気で人懐っこい、いつもの雪也の笑顔。
「キスをしてた相手、浩介に似た人だったよ」
ただ、その眼差しは半分どこか別の場所に向けられているように、俺には見えた。